about the movie
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カンヌに愛された奇才パオロ・ソレンティーノ 世界各国の映画祭からも絶賛された最高傑作!
introdution

新作を発表するたびに、カンヌを始め、世界の映画祭から熱いラブコールを受けているイタリアの奇才パオロ・ソレンティーノ。 前作の『グレート・ビューティ/追憶のローマ』は、アカデミー賞外国語映画賞にも輝いた。観る者を陶酔へと誘う壮麗な映像美が絶賛され、 今や世界中が“21世紀の映像の魔術師”に魅せられている。
最新作では、引退した音楽家がキャリアの最後に大輪の花を咲かせるべく、 人生のすべてを賭けて大舞台に挑むまでの愛と葛藤を描く。
音楽家を演じるのは、『サイダーハウス・ルール』などで2度のアカデミー賞を獲得した名優マイケル・ケイン。 彼の娘に『ナイロビの蜂』でアカデミー賞を受賞したレイチェル・ワイズ。 彼の親友の映画監督には、ハーヴェイ・カイテル。ホテルに滞在する元人気俳優役にポール・ダノ。 また、大女優ジェーン・フォンダが圧巻の演技で、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされた。
スイスの高級リゾートホテルでの人間模様をストラヴィンスキーやドビュッシーの名曲が彩り、 本年度アカデミー賞にノミネートされた主題歌「シンプル・ソング」を、BBC交響楽団、 ヴィクトリア・ムローヴァのヴァイオリン演奏で、カラヤンからその声を 「神からの贈り物」と称えられたスミ・ジョーが歌う。ゴージャスでエレガントな非日常の世界の先に待つ、 壮大なる感動のフィナーレが今、日本中に響き渡るー!

story

世界的にその名を知られる、英国人音楽家フレッド(マイケル・ケイン)。今では作曲も指揮も引退し、ハリウッドスターやセレブが宿泊するアルプスの高級ホテルで優雅なバカンスを送っている。長年の親友で映画監督のミック(ハーヴェイ・カイテル)も一緒だが、現役にこだわり続ける彼は、若いスタッフたちと新作の構想に没頭中だ。そんな中、英国女王から出演依頼が舞い込むが、なぜか頑なに断るフレッド。その理由は、娘のレナ(レイチェル・ワイズ)にも隠している、妻とのある秘密にあった──。

cast profile
マイケル・ケイン

Michael Caine

マイケル・ケイン
(フレッド・バリンジャー)

More

Harvey Keitel

ハーヴェイ・カイテル
(ミック・ボイル)

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Rachel Weisz

レイチェル・ワイズ
(レナ・バリンジャー)

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Paul Dano

ポール・ダノ
(ジミー・ツリー)

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Jane Fonda

ジェーン・フォンダ
(ブレンダ・モレル)

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staff profile
パオロ・ソレンティーノ

Paolo Sorrentino

監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ

1970年、イタリア・ナポリ生まれ。短編『Unparadiso』(94/ステファノ・ルッソと共同)、『L'amore non ha confini』(98)の監督・脚本を経て、『L'uomo in più』(01)で長編監督デビューし、イタリア映画ジャーナリスト協会賞新人監督賞受賞。イタリアで最も権威あるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では新人監督賞と脚本賞にノミネートされた。監督第2作目の『愛の果てへの旅』(04/映画祭上映)でカンヌ国際映画祭コンペティション正式出品を果たし、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では作品、監督、脚本賞を含む5部門受賞を果たした。監督4作目の『イル・ディーヴォ ー魔王と呼ばれた男ー』(08/未)は、ショーン・ペンが審査員長を務めた同映画祭で審査員賞に輝き、ダヴィット・ディ・ドナテッロ賞では7部門を獲得。そのショーン・ペンを主演に初めて米国で撮った『きっと ここが帰る場所』(11)でカンヌ国際映画祭全キリスト協会審査員賞などを受賞。そして、第5作目『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(13)で第86回アカデミー賞®外国語映画賞を始め、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞など主要な映画賞に多数輝いた。

音楽David Lang

デヴィット・ラング

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美術Ludovica Ferrario

ルドヴィカ・フェラーリオ

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撮影Luca Bigazzi

ルカ・ビガッツィ

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編集Cristiano Travaglioli

クリスティアーノ・トラヴァリョーリ

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衣装Carlo Poggioli

カルロ・ポッジョーリ

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production notes

女王のオファーを断った著名な指揮者の
実話から着想を得た物語

本作の原案は、ある実話からインスパイアされて生まれた。著名なイタリア人指揮者が、女王からオーケストラの指揮を依頼されたが、レパートリーについて折り合いがつかずに断ったというものだ。
その話からパオロ・ソレンティーノ監督は、引退した著名なオーケストラ指揮者であり作曲家の物語を思いつく。彼は音楽に未練はないと主張するものの、その存在をあらゆる場所で感じ続け、ほとんど無意識のうちに音楽を探し求める。「オーケストラの指揮者を映画に登場させたいという思いは以前から強かった。指揮者が紡ぎ出す、神秘的な音楽の世界に入り込んでみたかったんだ」とソレンティーノは説明する。
さらに物語の根底に流れるテーマとして、ソレンティーノは「自分にはあとどれだけの時間が残されているのかと考えた時、人は未来に何を望むのかということを描きたかった」と語る。「私たちは普段、歳を重ねた人たちが、それでもまだ将来に立ち向かおうとするなんて考えてもみない。だからこそ80歳を生きる人たちが、明日について期待することは何かということに非常に興味を引かれたんだ。」
主人公の親友を映画監督にしたのは、「自分の将来に興味があるという個人的な理由が大きかった」とソレンティーノは打ち明ける。「果たしてその歳になっても、情熱や体力が満ちてくるのか、少し探ってみたかったんだ。」

キャスティングから撮影後まで、
深く結ばれた監督と俳優たちの絆

ソレンティーノにとって本作は、2011年の『きっとここが帰る場所』に続き、2本目の英語作品となる。主人公の親友がハリウッドの映画監督という設定なので、物語を英語で語らないわけにはいかなかったのだ。「英語を話す役者からのキャスティングは選択肢が豊富で、監督にとってはお祭りのようだ」とソレンティーノは笑う。
2013年に監督した『グレート・ビューティー/追憶のローマ』がアカデミー賞®外国語映画賞に輝いた時、ソレンティーノの名前は一躍広まった。だが、彼は受賞前に本作のキャスティングを進めていた。つまり、マイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテル、ジェーン・フォンダ、レイチェル・ワイズというインターナショナルに活躍する一流俳優たちは、ソレンティーノが世界的な名声を獲得する前に出演を快諾していたのだ。
ポール・ダノの起用だけは、もっと後のことだった。ソレンティーノとダノが知り合ったのは、まさにオスカーの授賞式の夜だった。「彼のような若くして才能ある俳優と一緒に仕事をすることは、私の強い要望だった」とソレンティーノは振り返る。
ソレンティーノのこれまでの作品でもそうだったが、撮影を終えた出演者たちは、さらに彼の熱烈なファンとなる。ケインに至っては本作のために、『アルフィー』以来実に49年ぶりにカンヌ国際映画祭に参加、「何ももらえなければここまで来ないが、この映画がとても気に入っていて、賞がとれなくても関係ないと思った」とスピーチして会場を沸かせ、「パオロは世界で最も偉大な監督の一人だ」と年若い盟友を称えた。

映像美を極める監督が
絶大なる信頼を寄せる撮影監督

撮影は、スイス、ヴェネチア、ロンドン、ローマで行われた。大部分の舞台となったのは、アルプス山脈のふもとにあるホテルだ。ソレンティーノがスパにこだわり、以前はサナトリウムだったのを改築した古いホテルを見つけたのだ。偶然にもそこは、トーマス・マンがかの傑作「魔の山」を書いた場所だった。マンと所縁のあるホテルということで、オーナーが改築などには慎重だったために、当時のままをとどめているのだ。「だからとても美しくて、登場人物たちの年代にも合っていた」とソレンティーノは語る。
撮影監督は、ソレンティーノが「彼との関係は揺るぎないものだ。言葉なしでも理解し合える」と絶大なる信頼を寄せるルカ・ビガッツィ。照明まで全面的に任されていて、今やソレンティーノ作品で欠かせない存在となった。
ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を始めとする数々の賞を受賞している一流カメラマンは、地平線に雄大な山脈が連なり、常にその姿を変化させ続ける、美しくも厳しい自然を見事に捉えると共に、人物では撮影方法を変えている。「役者が話している時は、カメラを固定している」とソレンティーノが説明する。「カメラが役者から見えてはいけないからね。成熟した映画を撮るために、成熟した撮り手でありたかったんだ。」

名曲と本人出演から生まれた、
物語と音楽の幸福な融合

音楽はソレンティーノ作品で常に重要な要素だが、本作ではまさに決定的な役割を果たしている。ソレンティーノは『グレート・ビューティー/追憶のローマ』で楽曲を使用した、2008年のピューリッツァー賞(音楽部門)受賞者であるアメリカ人作曲家デヴィッド・ラングに作曲を依頼した。同作のオープニングシーンで挿入曲として流された「I lie」は、本作でも再び使用されている。本作では、主人公のフレッドが冒頭から「あの曲はもう指揮しない」とその演奏を拒み続ける謎の曲として登場し、最後に感動的に流れるオリジナルスコア「シンプル・ソング」を手掛け、ラングはこの曲でアカデミー賞®にノミネートされた。
また今作でも、ソレンティーノはオリジナル曲と並んで、サウンドトラックに様々な音楽を配している。たとえば、ソレンティーノが脚本を書きながら聴いていたというシンガーソングライターのマーク・コゼレックと、ソレンティーノが妻から教えられたというポップスターのパロマ・フェイスは、共に本人役で出演し、演奏を披露する。さらに韓国出身のソプラノ歌手スミ・ジョーも本人役で出演している。
本人出演と言えば、一見本人かと見まがうマラドーナを彷彿させるキャラクターも登場する。実はソレンティーノはマラドーナに特別な思い入れを持っている。16歳の時、両親が別荘の暖房装置の事故で亡くなったのだが、いつもなら同行しているところを、たまたまその週末はマラドーナの試合を見に行っていた。以来、ソレンティーノはマラドーナを命の恩人と慕っているという。もちろん映画に登場するのはそれだけでなく、ソレンティーノは「スポーツ界の並外れた人物が出て来ると、シンプルな動きでも芸術作品になる」と天才への敬意を語っている。

sound track

本編を彩る名曲の数々

01 The Retrosettes Sister Band: "You Got the Love"
02 Mark Kozelek: "Onward"
03 Sun Kil Moon: "Third and Seneca"
04 Des pas sur la neige –Preludes (Book 1): ClaudeDebussy
05 SaverioMercadante: Cavatina 'Figlia ti scuoti' from“Viginia Act I”
06 Maria Letizia Gorga: "A ma manière"
07 The Retrosettes Sister Band: "Reality"
08 Paloma Faith: "Can’t Rely on You"
09 Mark Kozelek: "Ceiling Gazing"
10 David Byrne: "Dirty Hair"
11 Igor Stravinsky : "Berceuse From'The Firebird"
12 David Lang / Trio Medieval: "Just (After Song of Songs)"
13 Sumi Jo(Soprano)&Viktoria Mullova(Violin Solo): "Simple Song #3"
14 David Lang: "Mick’s Dream"
15 David Lang: " Wood Symphony"

sound track
comment

草刈民代

元バレリーナ

人生の切なさと、生き”続ける”ことの尊さを教えてくれる。 2人のベテラン俳優の存在感が素晴らしい!

久石譲

作曲家

デビッド・ラングの音楽が良い。
華美な映像
と相まってアートにした。

おすぎ

映画評論家

マイケル・ケインとハーヴェイ・カイテルの息のあった演技が心地良かった。
ラストのシンプルソングが圧巻です。

町田康

作家

生きること、それ自体が悲しみであり苦しみであるということを知ってなお、 人が前を向いて生きることができるのを知った。 嘆息も骨の軋む音も、いやそれこそが美しい音楽になるということも。

横尾忠則

美術家

「インテリは趣味が悪い、それ以来インテリにならないよう努力して成功した」と
ストラビンスキーが言ったと主人公がいうが、正にそんな映画。

大林宣彦

映画作家

映画の殉情に陶酔し、映画の悦楽に芯から浸る。こんな映画を見ながら死んでゆけたら、人生の至福だ!・・・・・・

奥田瑛二

映画監督

圧倒的な映像美の中、一つ一つの言葉、視覚が 優美に刺さり心地よい痛みが心の深淵を犯していく傑作だ。

宮本亜門

演出家

人間の生の意味が、見事な映像と沁み入る一言一言で美しくあぶり出される。 これは、愚かさ、切なさ、崇高さ、全てを肯定した年を重ねることへの静かな人間讃歌だ。 息を引き取る前に、どうしてもまた見たい。

中丸三千繪

オペラ歌手

人生が続く限り、悲観と生きる感情の戦いである事を、魔術師ソレンティーノがシュールに描いた完璧な作品。

森公美子

歌手

人生の教本の様な作品。 映像の美しさと音楽の質の良さがマリアージュして、 これからこんな作品出会えないかも…

長塚圭史

劇作家、演出家、俳優

滅びゆく肉体と今尚覚醒する精神の危うい均衡。 名優達が魅せる老年の青春劇。夢のような現実が余りに痛い。

原田眞人

映画監督

名優マイケル・ケインを愛して半世紀。 この女神とセレブの桃源郷は彼のために設えられた至福の風景だ。

梅沢富美男

俳優

目を見張る映像美、心奪われる音楽。
五感すべてで触れるべき映画。

山田和樹

指揮者

老境の指揮者ならではのプライド、信念、孤独、気難しさが繊細に描かれ、 “限りある時間”をどう生きるかという根源的なことを考えさせられる。
音楽も映像も芸術的で、感動!

熊谷隆志

スタイリスト

美しい映画。老いることに不安を感じさせないばかりか、希望に満ち溢れている。 老若男女に捧げる素晴らしい景色が、この映画にはありました。

川井郁子

ヴァイオリニスト/作曲家

新鮮な感動!映像も音楽も、新しいオペラのような美しさ! 全てを昇華させるスミ・ジョーの歌声に涙が出ました。

島田雅彦

作家

理想の晩年の迎え方を教えてくれる グランドホテル形式による二十一世紀の
『コシ・ファン・トウッテ』

佐伯チズ

美容家

これまで極めてきた軌跡と、残された時間の狭間で揺れ動く夢。 そこには、自分とは?と問うもう一人の自分がいる…。 私も温泉に浸かっているかのような気分。 聴こえてくる神秘的な音楽や、見える荘厳な景色は、 まるでその場にいるかのよう。こんな感覚になる映画は初めて!

桂由美

ファッションデザイナー

圧巻のグランドフィナーレシーン! このシーンだけでも足を運ぶ価値のある一作。

館鼻則孝

シューズデザイナー

「僕らの違いを知ってるか?」 それぞれの物語が重なるところに見出される、青春という心の表れ。

北村道子

スタイリスト

名優達の演技によつて、久々に「映画」の実感を味った作品!

伊熊よし子

音楽評論家

心に響くシンプルな音楽が、複雑に絡み合う人間関係を浄化させ、 天上の世界へといざなう。これが「音楽の持つ力」!

ピーター / 池畑慎之介

歌手 / 俳優

時にやさしく、ちょっとわがままに生き・・・“あ~楽しかった!”と目を瞑りたい。その想いを再確認させてくれた。


(敬称略、順不同)

criticue

「グランドフィナーレとともに紡がれる音楽」
小沼純一(音楽・文芸批評/早稲田大学教授)

  • 引退した音楽家とは何だろう?音楽から引退するとはどういうことなのだろう?音楽からの引退などあるのだろうか? 
    マイケル・ケイン演じる作曲家=指揮者フレッドはたしかに演奏活動をおこなわない。五線紙にむかうこともない。手にした小さな紙を指先でこするばかりだ。対して、何十年来の友人である映画監督ミック(ハーヴェイ・カイテル)は遺言になるべき作品の準備をつづけている。スタッフたちと議論し、饒舌に自らのことを語る。
    二人が過ごしているのはスイス、アルプスがすぐそばにみえる美しいリゾートホテル。ふだんはとても静かで、夜になるとアトラクションがおこなわれる。山や木々、草や牛、小屋。屋外にでると遠景まで視野にはいってくる。そうした場所で、音楽は人のそばにそっと寄り添う。夜になるとまたべつにステージや夢のなかでべつの音楽が姿をあらわしたりもする。長い、ほとんど人とすれ違わない廊下を歩くあいだに、きぃきぃとヴァイオリンを練習する途切れ途切れの音が聞こえ。
    映画のなかには、実際、多くの音楽がつかわれている。曲数は多いものの、曲調としては比較的おだやかなものが多い。本人役で映画にも出演しているマーク・コズレック《Onward》があり、コズレックの別名義SunKilMoonによる《ThirdandSeneca》や《CeilingGazing》がある。アコースティック・ギターのつま弾きが画面に添える色あいは、ビル・キャラハン《TheBreeze》にも、デヴィッド・バーン《Dirty Hear》にもつながってゆく。一方、画面のメリハリということでいえば、オールディーズの雰囲気を醸しだすThe Retrosettes Sister Band《You Got the Love》《Reality》があり、Paloma Faith《Can’t Rely on You》は鋭角的に迫ってくるだろう。しかしどれも映画のなかではけっして長くながれるわけではない。
    フレッドは生前のストラヴィンスキーと親交があったとのエピソードがでてくるけれど、往年の大作曲家の音楽はでてくるのはちょっとだけ。宿泊客たちの不思議な生態を映し、それからサウナのシーンに移行するあたりで、バレエのための《火の鳥》からバスーンがメロディを奏でる〈子守唄〉が。ストラヴィンスキーの名とイメージはその目立たなさ、謙虚さにもかかわらず、フレッドをヴェネツィアの墓地へと導くことになるだろうし、より大切な場へと結びつけることになったりもする。
    ふと惹きつける音楽があり、静かな音楽があり、こうした自然環境にかこまれたところでこその静けさがある。それはときに牛たちがさげているカウベルが、鳥たちの声がひびきあうさまであったり−−−これはラングの《Wood Symphony》という「作品」なのだ−−−、小さな店で時刻をつげる鳩時計であったりする。むしろ静けさゆえに印象深いのはドビュッシーのピアノ小品《雪の上の足跡》だ。何度も、フレッドのからだをほぐしているマッサージ師のところと重なったりずれたりしてひびくのが、弱音で音が少ないところが《シンプル・ソング》とつながるようでもあって。

  • ここであらためて紹介しておこう。この映画のなか、通過してゆく多くの音楽のそばにありつつ、独特のたたずまいをしているのがデヴィッド・ラング(1957-)の音楽だ。具体的にいえば、美しい女声のトリオ(トリオ・メディイーヴァルによる)《Just(After Song of songs)》、《シンプル・ソング》、そして《Wood Symphony》。ラングは、いわゆる「ポスト・ミニマル」と呼ばれたりもする作曲家だが、『グランドフィナーレ』のなかでは、異なった3つのタイプでありつつ、映画が必要としているあるトーンを統一する音楽を提供しえている。
    フレッドはといえば、昔書いた《シンプル・ソング》という楽曲でよく知られている。ほとんど名前と楽曲がイクォールで結びついているのだ。それは栄光なのかはたまた不幸か。たった1つの《シンプル・ソング》という楽曲がフレッドと結びついていること、もはや音楽は音楽として独立していて生きている者の生やからだとはなれているはずなのに、すでに・つねに結びつけられてしまうことを考える、考えつづける。そしてこの楽曲そのものは、ずっと、ホテルのなかでごく断片的にひびくばかりだ。
    避暑地ものというべきか、しごとからはなれた、ゆったりとした時間を描く映画がある。この映画もその系譜にある。そして、その時間の後に、ふたたびべつの、新たな場が迎えられる。友人の、他者の理解が、娘への、つれあいへのおもいが、そのあいだにほぐれてゆく。映画では、それまでホテルで断片的にしかあらわれなかったメロディが、奏でられ、ふと、黙り、また奏でられ、《シンプル・ソング》の全貌をあらわし、クライマックスを迎える。ここでヴァイオリンを弾いているのがロシア出身のヴィクトリア・ムローヴァ。ソプラノは韓国出身のオペラ歌手、スミ・ジョー、オーケストラはBBC交響楽団である。いずれも世界的な音楽家たちであることはあらためて強調するまでもない。
    タイトルと断片だけだった音楽が、フレッドを音楽へと、演奏の場へと回帰させる。音楽はフレッドと過去の生活を、フレッドと音楽活動、過去の作品とを調停し、和解させる。もうすでに知っている人たち、親しんでいる人たちにとってはその人たちのものである音楽《シンプル・ソング》をフレッドは封印してきた。その封印をとき、外にむけ、ひらく。ひとつの声のイメージでしか許容できなかった音楽を、べつの声に対してひらく。映画をみている者にとっては、もちろん、ヴァイオリンによる断片と声楽というイメージをも綜合することでもあるだろう。この映画にあるのはフレッドの音楽家としての再生=復活、と同時に、音楽=作品なるものの演奏という行為による再生=復活の物語にもみえたりもするのであった。

「グランドフィナーレとともに紡がれる音楽」
小沼純一(音楽・文芸批評/早稲田大学教授)

引退した音楽家とは何だろう?音楽から引退するとはどういうことなのだろう?音楽からの引退などあるのだろうか? 

マイケル・ケイン演じる作曲家=指揮者フレッドはたしかに演奏活動をおこなわない。五線紙にむかうこともない。手にした小さな紙を指先でこするばかりだ。対して、何十年来の友人である映画監督ミック(ハーヴェイ・カイテル)は遺言になるべき作品の準備をつづけている。スタッフたちと議論し、饒舌に自らのことを語る。

二人が過ごしているのはスイス、アルプスがすぐそばにみえる美しいリゾートホテル。ふだんはとても静かで、夜になるとアトラクションがおこなわれる。山や木々、草や牛、小屋。屋外にでると遠景まで視野にはいってくる。そうした場所で、音楽は人のそばにそっと寄り添う。夜になるとまたべつにステージや夢のなかでべつの音楽が姿をあらわしたりもする。長い、ほとんど人とすれ違わない廊下を歩くあいだに、きぃきぃとヴァイオリンを練習する途切れ途切れの音が聞こえ。

映画のなかには、実際、多くの音楽がつかわれている。曲数は多いものの、曲調としては比較的おだやかなものが多い。本人役で映画にも出演しているマーク・コズレック《Onward》があり、コズレックの別名義SunKilMoonによる《ThirdandSeneca》や《CeilingGazing》がある。アコースティック・ギターのつま弾きが画面に添える色あいは、ビル・キャラハン《TheBreeze》にも、デヴィッド・バーン《Dirty Hear》にもつながってゆく。一方、画面のメリハリということでいえば、オールディーズの雰囲気を醸しだすThe Retrosettes Sister Band《You Got the Love》《Reality》があり、Paloma Faith《Can’t Rely on You》は鋭角的に迫ってくるだろう。しかしどれも映画のなかではけっして長くながれるわけではない。

フレッドは生前のストラヴィンスキーと親交があったとのエピソードがでてくるけれど、往年の大作曲家の音楽はでてくるのはちょっとだけ。宿泊客たちの不思議な生態を映し、それからサウナのシーンに移行するあたりで、バレエのための《火の鳥》からバスーンがメロディを奏でる〈子守唄〉が。ストラヴィンスキーの名とイメージはその目立たなさ、謙虚さにもかかわらず、フレッドをヴェネツィアの墓地へと導くことになるだろうし、より大切な場へと結びつけることになったりもする。

ふと惹きつける音楽があり、静かな音楽があり、こうした自然環境にかこまれたところでこその静けさがある。それはときに牛たちがさげているカウベルが、鳥たちの声がひびきあうさまであったり−−−これはラングの《Wood Symphony》という「作品」なのだ−−−、小さな店で時刻をつげる鳩時計であったりする。むしろ静けさゆえに印象深いのはドビュッシーのピアノ小品《雪の上の足跡》だ。何度も、フレッドのからだをほぐしているマッサージ師のところと重なったりずれたりしてひびくのが、弱音で音が少ないところが《シンプル・ソング》とつながるようでもあって。

ここであらためて紹介しておこう。この映画のなか、通過してゆく多くの音楽のそばにありつつ、独特のたたずまいをしているのがデヴィッド・ラング(1957-)の音楽だ。具体的にいえば、美しい女声のトリオ(トリオ・メディイーヴァルによる)《Just(After Song of songs)》、《シンプル・ソング》、そして《Wood Symphony》。ラングは、いわゆる「ポスト・ミニマル」と呼ばれたりもする作曲家だが、『グランドフィナーレ』のなかでは、異なった3つのタイプでありつつ、映画が必要としているあるトーンを統一する音楽を提供しえている。

フレッドはといえば、昔書いた《シンプル・ソング》という楽曲でよく知られている。ほとんど名前と楽曲がイクォールで結びついているのだ。それは栄光なのかはたまた不幸か。たった1つの《シンプル・ソング》という楽曲がフレッドと結びついていること、もはや音楽は音楽として独立していて生きている者の生やからだとはなれているはずなのに、すでに・つねに結びつけられてしまうことを考える、考えつづける。そしてこの楽曲そのものは、ずっと、ホテルのなかでごく断片的にひびくばかりだ。

避暑地ものというべきか、しごとからはなれた、ゆったりとした時間を描く映画がある。この映画もその系譜にある。そして、その時間の後に、ふたたびべつの、新たな場が迎えられる。友人の、他者の理解が、娘への、つれあいへのおもいが、そのあいだにほぐれてゆく。映画では、それまでホテルで断片的にしかあらわれなかったメロディが、奏でられ、ふと、黙り、また奏でられ、《シンプル・ソング》の全貌をあらわし、クライマックスを迎える。ここでヴァイオリンを弾いているのがロシア出身のヴィクトリア・ムローヴァ。ソプラノは韓国出身のオペラ歌手、スミ・ジョー、オーケストラはBBC交響楽団である。いずれも世界的な音楽家たちであることはあらためて強調するまでもない。

タイトルと断片だけだった音楽が、フレッドを音楽へと、演奏の場へと回帰させる。音楽はフレッドと過去の生活を、フレッドと音楽活動、過去の作品とを調停し、和解させる。もうすでに知っている人たち、親しんでいる人たちにとってはその人たちのものである音楽《シンプル・ソング》をフレッドは封印してきた。その封印をとき、外にむけ、ひらく。ひとつの声のイメージでしか許容できなかった音楽を、べつの声に対してひらく。映画をみている者にとっては、もちろん、ヴァイオリンによる断片と声楽というイメージをも綜合することでもあるだろう。この映画にあるのはフレッドの音楽家としての再生=復活、と同時に、音楽=作品なるものの演奏という行為による再生=復活の物語にもみえたりもするのであった。