ジョン・カーニー監督の自伝的な映画『シング・ストリート 未来へのうた』のサントラは、「ロックをやる なら笑われる覚悟をしろ!」というブレンダンの名台詞から始まる。確かにロックは人に笑われても自分の スタイルを貫くことが重要。とはいえ、ダブリンの悪ガキ達が吹き溜まる高校で、デュラン・デュランに憧 れて生きるのは大変だ。  80年代のロックといえば、ファッションが重要な要素。イギリスからは「ニューロマンティックス」と呼 ばれる艶やかに着飾ったバンドが続々と登場したが、デュラン・デュランはその最先端にいた。一方、敬 虔なカトリック教徒が多く保守的なアイルランドは、U2というスターを生み出したもののニューロマ風の バンドは皆無に等しかった。コナーがシング・ストリート校に初登校する日に流れるモーターヘッドみたい にワイルドなロックを聴いてたら不良連中とも盛り上がったかもしれないが、コスモは繊細な文系男子。 兄のブレンダンを通じて知ったイギリスのニューウェイヴ系バンドのファッションや音楽に影響を受け、学 校で「オカマ野郎!」と笑われながらも音楽にのめりこんでいく。  そこで本作で重要な役割を担うのが音楽だ。コナーが結成したバンド、シング・ストリートのオリジナル 曲を手掛けてたゲイリー・クラークは、80年代に2枚のアルバムを発表して解散したスコットランドのバン ド、ダニー・ウィルソンの中心人物。ダニー・ウィルソンは美しいメロディーと洗練されたサウンドが人気 で今も根強いファンがいるが、カーニーもその一人だったらしい。チープな(でも愛すべき)シンセ・ポップ から洗練されたブルー・アイド・ソウルまで、クラークはバンドの音楽的成長を見事に曲で表現している。  また、カーニーがミュージシャン出身だけあって本作には音楽ネタが満載。とくにブレンダンのロック師 匠ぶりは最高で、「悲しみと喜び」という複雑な感情に悩むコナーにザ・キュアー『ザ・ヘッド・オン・ザ・ ドア』を聴かせたり、「フィル・コリンズ好きの男はモテない」と暴言を吐いたりと大活躍。そのほか、コ ナーが「『ラジオ・スターの悲劇』みたいな声になるから」と掃除機のホースを使うシーンを観ると、カー ニーもやったんだろうな、と微笑ましくなる。そして、ラフィーナとのぎこちないラヴストーリーと同じくらい、 コナーとエイモンが曲を作るシーンを大切に描いているところにもカーニーの音楽に対する深い愛情を感 じさせる。前作『はじまりのうた』(13)にはバンドが街角でゲリラ・レコーディングをする胸躍るシーンが あったが、仲間と一緒に何かを作る喜びをカーニーは大切にしているのだ。  その点、本作がユニークなのは、コナー達がミュージック・ビデオも自分達で制作すること。ミュージッ ク・ビデオを24時間流すテレビ局、MTVが1981年に開局すると(記念すべき1曲目は『ラジオ・スター の悲劇』)、MTVは80年代のロック・シーンに大きな影響を与えた。ミュージシャン時代からミュージック・ ビデオを手掛けていたカーニーだけに、いかにもニューウェイヴ風に気取った「The Riddle of the Model」や、映画のワンシーンのような「Drive it Like You Stole It」など見せ方を心得ていてMTV 世代にはたまらない演出だ。  しかし、本作は単に80年代を懐かしがる映画ではない。様々なファッションやサウンドに挑戦しなが ら、コナーが自分のスタイル(生き方)を見つけるまでの葛藤こそ本作の肝。自分の音楽のジャンルを 「未来派」と名付けて音楽に希望を見出したコナーは、ライヴの最後に校長に向かって「あんたは過去 の人 俺は未来の男」とシャウトする。そんなコナーが自分の手で未来を切り開くため、人生という大海 原に飛び込んで行くラストシーンは感動的だ。そして、そこで流れる主題歌「Go Now」を『はじまりの うた』に出演したアダム・レヴィーン(マルーン5)が歌ってコナーにエールを送っている。映画の最後に 「すべての兄弟に捧ぐ」とテロップが出るが、本作は音楽に限らず、青春時代に周りに笑われても構わ ないほど夢中で何か愛した人々に捧げられた物語なのだ。