ケイト・ブランシェットの
完璧を超えた恐るべき役作り

ケイト・ブランシェットが本作の制作に入ったのは2020年の9月だったが、彼女は同時進行で他にも2作品に参加していた。フィールド監督は、こう振り返る。「昼間に別の撮影があっても、夜になると僕に電話してきて、そこからさらに何時間も準備に費やすんだ。ドイツ語とピアノも習得して、演奏シーンはすべてケイト自身が演じている。リサーチに至るまで本当に抜かりないし、彼女はまさに独学の達人だね。制作期間中はろくに睡眠もとらなかった。1日の撮影が終わると、ピアノに直行するか、ドイツ語とアメリカ英語の指導を受けに行くか、指揮棒の振り方を教わりに行っていた。撮影がない日には、アレクサンダー広場にある環状交差点と全く同じ寸法の競馬場に行ってリハーサルを行い、スタントマンが運転する8台の車に囲まれながら、時速100キロで滑走した。皆が目指すべき水準を示してくれて、僕たちは彼女についていくのに必死だったよ」
ブランシェットは、ターの人物像についてこう説明する。「ターには権威のある地位に就いている人特有の不可解さがある。それを、どう表現するかがカギとなった。観客がターの体験に共感できるような場面を作ることも重要だった。彼女は、自分のことをあまり分かっていない人だから。女性指揮者は往々にして、室内楽曲をあてがわれて、大作は任されない。それで彼女はがっかりしてしまうの。彼女はこの世界に浸透した慣習に疲弊した結果、賢明とは言えない決断を下してしまう」
さらに、ブランシェットは、自らのリサーチについて説明する。「まずは、イリヤ・ムーシンの音楽セミナーと、アントニア・ブリコについての熱いドキュメンタリーを参考にした。ターが目指していた指揮者像としては、クラウディオ・アバド、カルロス・クライバー、エマニュエル・アイム、ベルナルト・ハイティンクの映像を観たわ」そして、ナタリー・マーレイ・ビールから指導を受けたブランシェットは、「指揮は言語であり、クリエイティブなコミュニケーション手段だから、指揮者によって癖が異なるの」と指摘する。