ターを取り巻く様々な思惑を
抱えたキャラクターたち

オーケストラのコンサートマスターであるシャロンは、ターの恋人であり、養女を一緒に育てるパートナーでもある。この役についてフィールド監督は、「ヘルベルト・フォン・カラヤンが免職になって以来、ドイツで終身指揮者を務めた人はいない。ドイツのオーケストラは民主的で、演奏者の投票によって首席指揮者が決められ、選出が取り消されることもある。だから、オーケストラで実権を握っているのは、コンサートマスターだ。そういう意味でも、ターとシャロンの関係は複雑と言える」と説明する。
シャロン役には、ニーナ・ホスが選ばれた。ホスは役になり切るために、バイオリン・コーチであるマリー・コッゲによる指導の下、エルガーとマーラーの作品を学んだ。ホスは、「シャロンはオーケストラをまとめる役割で、全員が彼女のポジションを狙っている」と説明する。「私はシャロンに悪気がなかったとは思えない。影響力のあるカップルという立場を保持するためには、リディアがスターでないと困る。だから、彼女はリディアの行動も黙って見過ごす」
ターのアシスタントであるフランチェスカは、ターとは対照的に教養ある裕福な家庭に生まれ育った。彼女とターは、時に親密な様子も見せるが、その師弟関係も極めて取引的だ。数年前に、ターはフランチェスカをベルリンに招いた。これは明らかに、彼女がやがて副指揮者を務めることを意味した。しかし、フランチェスカはターの策略や立ち回り方を知っているため、完全には信頼しておらず、密かに対策を練っているのだ。
フランチェスカ役に抜擢されたノエミ・メルランは、「フランチェスカが演奏する場面は一度もない。彼女の才能は耳で、物事をよく観察することに長けている。演じる上で大変だったのは、体の動きや視線で音楽への愛や指揮者になることへの意思を表現することだった。彼女はターを尊敬していて、弟子でありたいと思っているけれど、同時に彼女を恐れてもいる」と説明する。
実際にチェロ奏者として活動しているソフィー・カウアーが、若手ロシア人奏者オルガ・メトキナ役を演じ、俳優デビューを果たした。フィールド監督は、「オルガ役を探すのが一番の試練になることは分かっていた。ロッテ・レーニャとジャクリーヌ・デュ・プレを合わせたような人が理想だった」と振り返る。全く適任者が見つからなかった時、1本のテープが届いた。ロンドン郊外に住む中流家庭出身の19歳のチェロ奏者だった。フィールド監督は、「ソフィーはオルガとは似ても似つかなかった。だけど、彼女が演技を始めると、彼女こそオルガだった。どうやってロシア訛りをマスターしたのか聞くと、彼女はYouTubeと答えた。演奏も本当にうまく、並外れた才能を持つチェロ奏者だった。ソフィーは、まさに本作の『力』ともいえる存在だ」と絶賛する。
カウアーは演技への理解を深めるために、ここでもYouTubeを活用し、マイケル・ケインの指導映像を参考にしたという。演技初心者である彼女は、自分の撮影がない時もセットに現れ、ニーナ・ホスやケイト・ブランシェットの演技を終始観察していた。