遠近両用サングラスから閃いた
撮影スタイル
本作で独創的な撮影スタイルを見せるのは、撮影監督のブノワ・ドゥロームだ。彼の有機的な撮影スタイルは、シュナーベルのビジョンにぴったり合った。「撮影中、小道から離れて行くウィレムをブノワがひたすら追って行くから、私は時々『撮影監督と主役はもどってきてくれないか?』と頼まなければいけないほどだった。ブノワは取り憑かれたようにカメラを回し、その映像はとても美しいんだ」とシュナーベルは語る。
ドゥロームはこの企画を耳にした時から、何としても参加したいと思っていた。彼は振り返る。「ある日、私はジュリアンからテキストメッセージを受け取った。そこには『やあ、ベン。私は今絵を描いている』とあったので、私はカメラを手に彼の屋外アトリエへ走ったんだ。ジュリアンは白いパジャマ姿で、サンフランシスコの展覧会のための巨大な絵画に取り組んでいた。長さ5mを超える棒の先端に筆をつけたものを使ってね。私は許可も求めず、すぐさま撮影を始めた。暗くなって彼がもう絵を描けなくなるまで、ノンストップで撮影したよ。それを編集して、翌朝ジュリアンに見せた。その直後に、ジュリアンがプロデューサーのジョン・キリクに電話してこう言うのが聞こえたんだ。『ブノワが撮影監督になったから』とね」
本作の最初の撮影は、スコットランドの麦畑で単独で行われた。「ジュリアンは僕に、衣装担当からフィンセントのズボンと靴を借りておくように言い、こう説明したんだ。『それを身につけゴッホになりきりながら、麦畑を歩く自分を撮影してきてくれ。彼の麦わら帽子をかぶって自分の影も撮影してくれるかな』と。それで私は3日間、ゴッホの格好で麦畑の場面を撮り続けた。この映画の撮影に向けて自分を整えるためにこれ以上の方法はなかったよ。上半身はブノワ・ドゥローム、下半身はゴッホってね」
本作では、最大限の柔軟性を得るため特別に作られた機材を使用しており、大部分が手持ちで撮影された。ドゥロームは振り返る。「私はウィレムと一緒に歩いたり走ったりする必要があったし、時には彼にカメラを渡して彼の視線から撮るよう頼んだりもした。またカメラを地面に置いてから、いきなり空へと持ち上げ、戦場カメラマンのようになることもあったので、ジュリアンにこの撮影方法だと映像が揺れすぎていないかと尋ねた。すると、彼はこう答えたよ。『人生は揺れているものだから、君が揺れすぎということはないよ』とね」
また、この映画の一人称視点に広がりをもたせるため、ドゥロームとシュナーベルはレンズにスプリット・ディオプターを使うこともあった。ひとつの映像で半分をクローズアップ、半分を素通しにしてめまいを覚えるような効果を生みだすものだ。「私がビンテージストアで買ったサングラスが、遠近両用だったことがきっかけだ」とシュナーベルは説明する。「レンズの上と下で被写界深度が違っていて、私はこれがゴッホの視点かもしれないと思ったんだ。普通とは異なる形で自然を見る方法としてね」