シュナーベルらが描いた
130点以上の絵画
美術のステファン・クレッソンは「ゴッホについては情報が多すぎる」と言う。「本人の手紙、油絵、スケッチ、彼についての大量の本…。でも、最初の打ち合わせでジュリアンがこう言ったんだ。『もし誰かがゴッホは左手の爪が折れていたと言えば、それは右手だったと十人が反論するだろう。だから、本当に重要なのは正確に描くことではなく、いい映画を作ることだ』って」
これがスタッフのモットーとなった。ゴッホがアルルで暮らした黄色い家を再現したときについてクレッソンは語る。「ドキュメンタリーを作っているのではない、と私はスタッフに言い続けた。実際にどうだったかよりも、あの家について見せたいもっと重要なことがあった。ゴッホがゴーギャンを迎え、二人の間に何かが起こる場所をシェルターのように感じさせるため、現実とは違うものを作ったんだ」
本作の共同脚本、共同編集を務め、インテリアデザイナーでもあるルイーズ・クーゲルベルクは、制作を振り返りこう語る。「私たちはゴッホが晩年の2年を過ごした場所すべてに足を運んだ。アルル、サン=レミの精神病院、オーヴェル=シュル=オワーズなどにね。さらに脚本を書き進める中で、ジュリアンは自然の中を歩いていると物事が違って見えることに気づいたの。長い時間歩きつづけたらゴッホが見たものが見えるかもしれないと思い、前へ前へと押し進むようになっていったわ」
シュナーベルは言う。「自然と交わるゴッホは満ち足りた男で、絵が売れるかどうかは気にしない。彼が求めているのは売ることではないんだ。だからそんな彼に寄り添うために、私たちは自然の中へ出なければならなかった」
また、シュナーベル、デフォー、そして画家チームは130を超えるゴッホの絵を描いた。この野心的な目的を達成するため、制作陣はフランス人画家エディット・ボードラン率いる一風変わった絵画ワークショップを開いた。例えば、ボードランがゴッホとしてデフォーの絵をまず描き、続いてシュナーベルがそこに描き足すのだ。シュナーベルの作業を見守ったボードランはこう語る。「ジュリアンは絵を描くときは本当に自由で、全く違う次元にいる。私はゴッホの作風を尊重しようとしたけれど、ジュリアンはそこから突き抜けるので、彼の描写はとても生き生きしている。このふたつの次元が組み合わさるのを見るのはとても興味深いことね」
また、本作でシュナーベルはタチアナ・リソフスカヤの音楽も取り入れた。ヴァイオリンを演奏するウクライナのミュージシャンだが、本作では感情的に訴えるピアノを基本とした曲で、映画音楽のデビューを果たした。シュナーベルは言う。「タチアナは、ゴッホの頭の中で響いている音に観客を引き入れるような独創的な音楽を作ったんだ」