原作と、
ジョン・スタインベックの言葉

前作『さざなみ』(15)で圧倒的な評価を得たイギリス人監督アンドリュー・ヘイが、自身の4本目の長編作品に選んだのが、アメリカ・オレゴンを拠点に活動する作家・音楽家のウィリー・ヴローティンによる2010年の小説“Lean On Pete”だ。ヴローティンはその序文に、「確かに我々人間は弱く、病気にもかかり、醜く、堪え性のない生き物だ。だが、本当にそれだけの存在であるとしたら、我々は何千年も前にこの地上から消えていただろう」と、アメリカを代表する作家ジョン・スタインベックの言葉を引用している。2011年にこの小説と出会ったヘイは、この一節を心に刻んだうえで、主人公チャーリーが苦難や挫折を経験しながらも、不屈の精神で前に進んでいく様子を描いた。
ヘイは語る。「ヴローティンは一貫して登場人物を非難しない。主人公のチャーリーであれ、デルやボニー、放浪者のシルバーであれ、たとえ立派とは言えない行動に出たときも決して批判しない。どのキャラクターも生きるのに必死で、そんな状況が行動に強く影響していることを常に意識している。優しさを必要とする人の心を、さまざまな角度から見つめているんだ。僕もそれにならい、脚本を執筆する際はキャラクターとその行動に対して、人間味のあるアプローチを心掛けた」
“Lean On Pete”の後半では、チャーリーとピートが辺境の地を進んでいく様子が描かれる。廃れた西部の町の脇道や、都会から流れてきた人々の活き活きとした描写は、スタインベックやレイモンド・カーヴァー、サム・シェパードの著作を彷彿とさせる。ヘイが本作の映画化に踏み切ったのは、原作小説で描かれた孤独や切望が、これまでの彼の作品の方向性やテーマと一致していたからだ。監督は言う。「チャーリーの無謀とも言える行動は、未成年によくあるアイデンティティの探求ではなく、人間が持つ本質的な感情に基づいている。チャーリーを駆り立てたのは、自分の家を、つまり自分が守られていると安心できる場所を見つけたいという切望なんだ」