フランス現代文学を代表する女性作家アニー・エルノーが若き日の実体験をもとにして描いた、傑作小説「事件」を映画化した本作。日本時間の10月6日、そのアニー・エルノーのノーベル文学賞を受賞!
自らの経験をもとに、女性の“性”に焦点をあてた数多くの自伝小説を発表してきたエルノーは現在82歳。長い執筆人生の中で様々な賞を受賞し、ここ数年間では毎年ノーベル賞受賞の噂が立っていたが、今回ようやく受賞を果たすこととなった。ノーベル賞選考委員会は「個人の記憶の中にあるルーツ・疎外感・集団的な抑圧を明らかにする勇気と客観的な鋭さを評価した」と、彼女でしか描くことのできない赤裸々で正直な作風が受賞に値したとコメントしている。
代表作のひとつ「シンプルな情熱」ではエルノー自身と既婚年下男性との愛を描き、フランス人女優レティシア・ドッシュと、ウクライナ出身の世界的バレエダンサー、セルゲイ・ポルーニン主演で映画化され、日本でも公開を迎え話題となった。
本作『あのこと』は、作品集「嫉妬」の中に収められた「事件」という短編が原作となっているが、そこで描かれるのはエルノーが実際に経験した想像を絶する“違法な中絶”の現実。未来の夢のために中絶を選んだ少女の12週間の生々しい体験を淡々と語る作風はそのまま映画でも受け継がれ、さらに観客自らが体験しているような錯覚に陥る臨場感をもって描かれる究極の“体験型映画”となっている。
アニー・エルノーが『あのこと』寄せた手紙を公開!
そこには賞賛の言葉があふれており、いかにこの体験が彼女の人生において大きな出来事となっているかを物語っている。さらにメガホンをとったオードレイ・ディヴァン監督については、「あなたは真実の映画を作った」、「彼女にはその残酷な現実をすべて見せる勇気がありました」と褒め立てている。
また今回のノーベル文学賞受賞を受け、原作本「嫉妬/事件」が早川書房より11月2日に発売決定!映画公開前に手に取り楽しむことができる。そして今もっとも注目すべき作家が手放しで絶賛する映画『あのこと』。ぜひこの機会に劇場でご覧ください。
≪アニー・エルノーからの手紙≫
映画『あのこと』を鑑賞し、私はとても感動しています。オードレイ・ディヴァン監督に伝えたいことはただ一つ。
「あなたは真実の映画を作った」ということです。
ここでいう真実味というのは、法律で中絶が禁止され、処罰されていた1960年代に、少女が妊娠することの意味にできる限り、真摯に近づいたという意味です。この映画は、その時起こったことに、異議を唱えるわけでも判断を下すわけでもなく、事実を劇的に膨らませているわけでもありません。オードレイ・ディヴァンには、私に起きた残酷な現実のすべてを、臆せず見せる勇気がありました。また、「23歳の私自身」でもあるアンヌを演じるのは、アナマリア・ヴァルトロメイ以外には考えられません。当時のことを覚えている限りでは、彼女はとてつもなく忠実かつ正確に演じています。
20年前、私は本の最後に、1964年のあの3ヶ月間に私に起きたことは、私の身体があの時代と当時のモラルを「総合的に経験」した結果だと書きました。中絶が禁止されていたあの時代から、新しい法律の制定へ。私が描いた真実を、オードレイ・ディヴァン監督は、映画の中で余すことなく伝えてくれました。
アニー・エルノー 【PROFILE】
1940年、フランス、ノルマンディーのリルボンヌ生まれ。両親はカフェ兼食料品店を営んでいた。ルーアン大学、ボルドー大学で学び、卒業後、教員となり高校や中学で教える。1974年、「Les Armoires vides」(原題)で作家デビュー、以後の全著作を名門出版社ガリマールから上梓する。性の欲望をテーマにした「シンプルな情熱」でセンセーションを巻き起こし、「場所」でルノードー賞、「Les Années」(原題)でマルグリット・デュラス賞とフランソワ・モーリアック賞を受賞。2017年に全作品に対して、マルチメディア作家協会からマルグリット・ユルスナール賞を授与される。ほとんどが自伝的な小説で、オートフィクションの作家と呼ばれ、2022年ノーベル文学賞を受賞。本作の原作「事件」は、「嫉妬」(早川書房)に併録されている。
<STORY>
1960年代、中絶が違法だったフランス。大学生のアンヌは予期せぬ妊娠をするが、学位と未来のために今は産めない。選択肢は1つー。
アンヌの毎日は輝いていた。貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。中絶は違法の60年代フランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。