2023.06.21 POSTED

カンヌ凱旋記者会見全文

MC
戻ってきたばかりの監督からご挨拶をお願いいたします。

是枝監督(以下、監督)
2時間くらい前に羽田についたばかりなんですけれども、この作品にとって本当に素晴らしい評価をいただいたなと思っております。無事にこの脚本賞の盾を、僕が運んだわけではありませんが、坂元さんにお渡しできすることができて、ちょっとホッとしています。今日は有難うございます。遅い時間にすみません。

MC
一足先にご帰国されていましたが、この度見事受賞されました坂元裕二さんよりご挨拶をお願いします。

坂元裕二(以下、坂元)
こんばんは、脚本家の坂元裕二です。本日はお越し下さり有難うございます。
こういう場に出るのは初めてですので、とても緊張していますが、どうぞ宜しくお願い致します。


<質疑応答>

質問者
今回はおめでとうございます。受賞されてトロフィーを今受け取られたばかりですが、
そのトロフィーの重み、実感みたいなものはいかがですか?

坂元
実感は正直あまりありません。まだ受賞を初めて聞いた時に寝ていたものですから、第一報を聞いた瞬間、まず初めにまだ夢を見ているのかなと思いました。その後もまだ続いているようで、今も夢の中にいるような、そんな思いと、ただこの重み自体がやはりこの作品の責任感だと感じますので、そこは私自身、手にも背中にも乗っかったとても大きな責任だと感じております。

質問者
今回世界的な評価を受けたということで、今後映画の脚本に対する向き合い方ですとか、考え方のようなものに変化は出てきそうな予感というものは自分の中にありますでしょうか?

坂元
最近、映画の脚本を書くようになりまして、ほぼ2本目のようなものなんですが、まだやはり監督のお力を借りながら、プロデューサーのお力を借りながら、ゆっくりと進んでいるところですから、やはり今回含めて周りの人のお力によるものだと考えております。

質問者
先ほど一報を聞いた時に寝ていらっしゃったということですが、どなたからどのような手段、どういう状況で一報が入ったか教えてください。

坂元
朝方というか、深夜4時頃だったものですから、寝ておりました。着信はあったようなのですが、気付かずにそのまま寝ていまして、そのうちに、またそのニュースをご覧になった方からショートメールをいただいて、それで初めて音が鳴ったんですね。その音で気付いて、見たところ、プロデューサーや監督から、受賞しましたというお話を聞きまして、何と言いますか私はご覧のようにあまり感情の起伏がないものですから、「うれしい」とか「やったー」という気持ちよりは、何か「ズシン」という思いが訪れて、水を一杯飲みました。それが最初の行動でしたね。

質問者
以前、完成披露試写会の舞台挨拶の際に、この脚本は子供の頃の記憶・経験を思い出しながら書いたとおっしゃっていました。また、受賞の後に是枝監督が紹介されたコメントの中では、たった一人の孤独な人のために書いたとおっしゃっていました。差し支えない範囲で、この作品の元になったという経験がどのようなものだったのか、また、たった一人の孤独な人という、その人に伝えたい言葉が今ありましたら教えてください。

坂元
監督にお送りした、「たった一人の~」というコメントに関しては、慌てて書いたものでしたから、文章が下手だったんですが、きっとどこかにいるであろう孤独に過ごしている誰か、それは特別な誰かを指しているわけではなく、また多くの沢山の人に届けるという気持ちではなく、誰かこの映画を受け止めてくれる、そんな人がいると信じて、その人のことを頭の中で思い描きながら常に書いていました。
子供の頃に関しては、その時に話していた通りで、仲良かった友達のことや、何人かの僕が小学校時代から中学にかけて出会った友人や出来事、そんなことを思い返しながら書きました。

質問者
感情の起伏があまりないと今おっしゃっていましたが、賞というのはもらうと嬉しいものでしょうか?

坂元
周りの方から「おめでとう」と言われて初めてうれしくなります。
沢山の方から、まずは監督から、プロデューサーから「おめでとう」と、勿論チームの一人ですので、みんなでもらった「脚本賞」だと思っていますから、その時点で私が身内からお祝いされるのも不思議なことではありますが、沢山の人からその後も「おめでとう」という言葉をいただきました。それが、やはりうれしかったです。一番うれしかったのは、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督から「脚本賞受賞おめでとうございます」というメッセージが届きまして、タクシーの中にいたんですが、涙が出ました。うれしかったです。

質問者
是枝監督はカンヌで沢山もらっていらっしゃると思いますが、賞をもらうという気持ちはどのようなものでしょうか?

監督
勿論、うれしいです。華やかな場所が好きなわけでは勿論なく、僕も周りから感情があまり見えないと言われがちなんですが、内側では色々感情の起伏があるタイプなんですが(笑)、特に自分が褒められると、本当かな?と疑問が湧きますけれども、自分の映画に関わってくれた役者さんとかスタッフが褒められるのは、うれしいですね。今回は会場にいて、何かとても幸せな気持ちになりました。

質問者
坂元さんに質問です。受賞しそうだな、するんじゃないかなという予感はなかったんでしょうか?

坂元
まったく考えてもいませんでした。カンヌに呼んでいただけたこと自体が私にとって何より嬉しいことでしたし、それ以上のことは考えていませんでした。勿論私も『怪物』のチームの一人として、作品を観てとても好きになれた作品でしたので、評価を受けると嬉しいなという気持ちでした。本音で、自分のことは全く考えておりませんでした。

質問者
脚本のどんなところを評価されたと考えていますか?

坂元
勿論、審査される方が脚本を読んでくださっているわけではないので、出来上がった作品から脚本を評価していただいたと思うのですが、それは作品のすばらしさ、そして脚本に関しては、どうでしょう、自分ではなかなか評価しづらいんですが、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督は「人の命を救う映画になっている」とおっしゃってくださったので、もしそれが誰かの心にそうあるなら、こんなに嬉しいことはないなと思っています。

質問者
子供と親と教師という3つの視点が巧みに表現されていると思ったんですが、その辺はどういった意識で書かれたのかを教えてください。

坂元
3つの段階をふむのは、私が以前経験したことなのですが、車を運転しておりまして、赤信号で待っていました。その時前にトラックが停まっていて、青になったんですが、そのトラックがなかなか動きださなくて、しばらく待っても動かないものですから、私は前の車がよそ見しているのかなと思って「プップッ」とクラクションを鳴らしたんですね。そのトラックはそれでも動かなかった。
どうしたんだろうと思っていると、ようやく動き出した後に、横断歩道に車いすの方がいらしたんです。そのトラックは車いすの方が渡り切るのを待っていたんですが、トラックの後ろにいた私にはそれが見えなかったんですね。それ以来、自分がクラクションを鳴らしてしまったことを後悔し続けておりまして、このように世の中には普段生活していて見えないことがあり、私たち、私たちと言っていいのか、まず私自身、自分が被害者だと思うことにはとても敏感ですが、自分が加害者だと気付くことはとても難しい。それをどうすれば加害者が、被害者に対してしていること、気付くこと、それができるだろうか、そのことを10年余り常に考え続けてきて、その一つの描き方として、この方法、この描き方を選びました。

質問者
是枝監督に。坂元さんの脚本の優れているところ、どのように評価されているのかを教えてください。

監督
ぼく個人が、でいいですか?

質問者
はい。

監督
受賞後のカンヌの囲みで、坂元さんの脚本のどこが評価されたと思いますか?という記者の質問が出て、
審査員の人たちと話す機会があれば聞いてみたいなと思っていたのですが、ちょっと今回はそういう集まりがなくて、いきなり花火があがってお祭りになっちゃったものですから、ちゃんと聞けていないんですよ。それがちょっと残念なんですけれども、僕自身は最初にプロットをいただいた時から、一体何が起きているのかわからない、わからないのに読むのが止められない。どこまでいってもわからない。映画が半分過ぎても多分まだわからないということが、あぁこんな書き方があるんだなと、自分の中にはない物語の語り方でしたし、読み進めていくうちに、読んでいた自分が作品によって批評されていく、自分がその今の坂元さんのお話でいうと、クラクションを鳴らす側に否応なくなってしまうという、そのある種の居心地の悪さというんですかね、良い意味で。それが最後まで持続するということが、とても面白かったです。エンターテインメントとしても本当に面白かったんですね。それが僕は一番チャレンジしがいのある脚本だなと思ったところの一つです。沢山ありますけれども、それが一つですね。

質問者
坂元さんにお伺いします。先ほど映画の脚本は2本目とおっしゃっていましたが、そもそものお話として映画の仕事をやりたいということが、脚本を書かれるルートにあったという風に伺っております。例えば、フジテレビヤングシナリオ大賞に応募する前にディレクターズカンパニーの方に長い脚本を出して、それと同時に短くしたものをフジテレビに送ったらフジテレビの方で通ってしまった。でも、どうしても映画をやりたい、ということで、ご自身で監督作をやったこともある。そんな過去がありながら、近年だとドラマというものは結論が出ていないから面白い、映画は2時間で結論が出るから面白くないというような発言をされていたのもちょっと聞いたことがあります。もともとやりたかった映画の世界で、脚本という道で賞をとったということの喜びについて、どう思われていますか?

坂元
映画がつまらないと思ったことは全くありませんし、一人の映画ファンとして映画が大好きです。自分が高校生の頃に多くのこの世界にいる人達がそうであるように、映画をたくさん浴びるように見て、この映画の世界で映画をつくる仕事をしてみたい、と10代から20代前半のときはずっと思っていました。
1本映画をつくったのですが、その時に全く自分が監督という仕事に向いていないということが分かりまして、それ以来辞めようと思って25年くらいですかね、もう少しで30年くらい経ちます。30年も経つともしかしたら今ならできるんじゃないかと思ったりはしていたんですが、今回の是枝さんの仕事をみて、やっぱり自分にはこれはできない、無理だとはっきり分かりましたので、本当に映画監督ってすごい仕事だなと思いました。すみません、質問の答えになってましたか?

質問者
映画監督が凄いということは分かりましたけれども、脚本でカンヌの頂点に立った、もともとやりたかった映画で賞を取れたということの達成感、そういうものはあるんじゃないですか?

坂元
そうですね。私30年前にカンヌ映画祭に遊びに、観光で行ったことがありまして。それは仕事でもなんでもなく、ユーロスペースという会社の堀越謙三さんや、亡くなられた吉武美知子さんにパスを取っていただきまして、吉武さんに案内されながらカンヌで映画をたくさん観ました。その時に、いつかここで自分の作品を上映できたらどんなに幸せだろうか、そんなことを毎晩考えていました。遠巻きにレッドカーペットを見ながら。それから30年経って、賞を獲ったということも勿論嬉しかったのですが、上映できたこと、それが30年来の願いで、願いというか忘れていた願いが蘇ってきて、ああここにあったんだという気持ちになりました。

質問者
ドラマの世界でもなかなか難しい時期もあったかと思うんですよね。テレビから離れた時期もあった。ゲームの脚本を書かれたこともあった。テレビドラマに向き合うってこと、脚本家っていう職業として向き合うことが難しい時期もあったと、著書の中でも書かれていますけれども、今ご自身の脚本家の人生を振り返ってみて、やっぱり幸せの頂点というところなんでしょうか?

坂元
全く頂点とは思っておりません。なかなか日々とにかく、(記者の)皆さんも同じようにパソコンの白い紙に向かって書かれていらっしゃるかと思いますが、私も日々ただただ締め切りに追われ、文字を埋めていくということをコツコツ毎日1日中やるしか、それでしか、ものが出来上がらないので、そこになかなか達成感というものが生まれるということはなく、ただただ文字を書き貫いていく、これが自分の人生だと、振り返れば思っていますので、そこに達成感というものが、この仕事をしているとなかなかそう簡単に手に入るものじゃないのではないかなと。ただ、お客様から観てました、時に救われましたという言葉をいただけると、ちょっとそのコツコツやっていた日々を思うと、無駄ではなかったなとそんなことを思うぐらいです。

質問者
子供のセクシャルアイデンティティについて、かなり踏み込んだ内容の脚本と作品になっていることが、クィア・パルム賞を受賞されたことになっていると思うんですが、このテーマについては、お二人はかなり最初の段階から形を変えないまま、この企画をもんで映画化されたということになるのでしょうか?それとも色々話し合いで脚本をつくったというお話をカンヌの記者会見でされていましたが、そこのテーマについては紆余曲折があって最終的な形になったんでしょうか。

坂元
まず私からお話しますと、どんなお話でもどんなテーマでもそうなんですが、まずは取材、勉強、自分自身のこれまでの経験、それを踏まえながらとにかく自分の中にある“まずこうだろう”を捨てて、まず知ること、自分自身を疑うこと、それを考えながら取材・勉強を続けてきました。ある段階で監督含め監修の方に入っていただき、多くの指摘をいただきながら修正していきました。その具体的な過程に関しては監督の方が詳しいかと思うんですが、ただ自分たちが分かった気にならない、それはいつもそうなんですが、自分たちは何も知らないんだということを、常にふまえながら勉強していったという感じですね。そして、脚本に修正をいれ、大きく変えていきました。

監督
そうですね。プロットをいただいた段階で、これはちゃんと勉強しないとまずいなと思って。プロデューサーと相談しながら、協力していただける団体の方たちに連絡を取って、最終的には、LGBTQの子供たちの支援をしている団体の方に、本を読んでいただいたり、演出上どういう風な注意点があるかということをお伺いしながら、描写については現場にインティマシー・コーディネーターの方にも入っていただいて撮影をするという様な形をとりました。
もう少し踏み込んでお話した方がいいですか?
僕もなかなかどこまで踏み込んだ描写をするのか、彼らがどういう、要するに自認をしているのかというあたりが、演出する上でポイントになるなと思ったので。団体の方たちと話していた時に、あの年齢の子たちが、例えば自分がゲイであるとか、トランスジェンダーであるという自認、もしくは他認をするというような認識をするということは、まだ早い段階の子供たちだ、ということで、そういう特定の描写をむしろ避けた方がいいのではないかというアドバイスをいただいて、極力というか、そういう描写を脚本から少しカットした、ということはあります。
そのうえでーー、これはもう映画を観ていただいたうえでの話になると思うんですけれど、、、その名付けようのない、自分の中に芽生えた、得体のしれないもの、あの子たちにとっては。それを彼らは「怪物」と名付けてしまう、もしくは周りの抑圧によってそう呼ばされてしまう、そのことを描きたい。僕が考えたのは、そのように自分の中に芽生えてしまった、自分でも理解できない自分の感情とか存在を、「怪物」だと思ってしまうという感情とか行為というのは、色んな所で色んな状況に置かれた子供たちの中で起きているだろうなと思っていて。多分さきほど坂元さんが「孤独な人」といった人達だと僕も思っています。その子たちを、孤独な状況に追いやってしまっている私たちっていうものを、要するに彼らから見れば私たちの方が「怪物」であるという、この私たちが彼らに見返されるというスタンスを、どういう風に映画の中に描いていくかということまでやるべきだということを、その相談させていただいた団体の方と話し合ったうえで僕が学んだことでした。一番学んだのはそこでした。そこを見失わないようにしようと思いました。この辺で大丈夫ですか?

監督
すみません、もう一点追加を。一部でその子供たちが抱えた葛藤をネタバレだから言わないでくれと、言っているというようなことがささやかれたり、発言が飛び交ったりしているようなことを耳にしているんですけれども、観た方の感想で、なるべく先入観なく見た方がいいっていうのは間違いないと思うんですね。そういう感想をいくつも目にしましたけれども。決して、彼らが重ねた葛藤をネタとして扱ったつもりはありません。あの、構成上、おそらくむしろ観た方が自分が当事者としてあの子供たちと向き合うためには、これも坂元さんの脚本の技術だと思いますけれども、できるだけ振り回された方が、見終わったときに自分がどこに着地するのかということが最初に分からないほうが、いいのではないかなという風に思っておりますので、そこは誤解のないようにという風に、僕自身は宣伝のスタッフにも伝えております。ごめんなさい、余計な話かもしれませんが以上です。

質問者
坂元さんに伺いたいんですけども、先ほど、今回の作品を通して監督をするのは自分には無理だというようなことを感じたということをおしゃっていましたけれども、今回自分が書いた脚本がこういう形で映像化、作品になったのを観て、自分の想像以上のものができたのかとか、どういうようなことを感じたのかというところを教えていただけますでしょうか。

坂元
まず、主演する二人の子供たちを観ているうちに、自分の子供時代のことをどんどん、どんどん思い出しました。自分の名前も忘れて顔も忘れていたはずの友人の顔が、その時急に思い出すなどして、それはもう新鮮な驚きでした。
映画全体としては、本当に本づくりの段階から監督はじめ皆さんに引っ張っていただいて、多くの知己をいただきながら書きあがったものが、編集の段階でもまたよりどんどん変わっていき、というか良くなっていき、映画が成長していく、作りながら、私が書いた設計図にしかすぎない脚本が、どんどん人々が息づいていく、作品になっていくその様子に驚きましたね。一人の観客として出会えたので、それが何よりかなと思っています。

質問者
実質、今回が映画の脚本としては2本目という風におっしゃっていましたけども、それがこれだけ世界的に大きな賞をもらって、このことがご自身の今後に影響を与えたりするようなことがあると思われますか?

坂元
もう少し早く映画を始めていれば変わったのかもしれないですけど、私もう結構なベテランでカスカスなんですね。絞っても何もでない状態なので、まあ日々いろんなことを学び周りの方に助けていただきながら、書いてるんですが、正直自分がこれから何を書けるのか全く見えてはおりません。振り返った時に『怪物』が自分をもうひとつ成長させてくれたものだったなって10年後に、もしこんなこと言いながらバリバリ書いていたとしたら、この時だったなと思うのかもしれませんが、今はもうカスカスです。(笑)

質問者
あともう一つだけ確認で。今内容に関してカスカスだということだと思うんですけど、例えばこれから書くもので映画になるのかドラマになるのか、それとも他のものになりうるのか、そこら辺については何かありますか。

坂元
当面、映画を書くことは決まっています。ドラマは決まっていません。

質問者
先ほどの質問と重なることがあると思うんですが、これまでたくさんのお仕事をされてこられて、トレンディドラマもご自身を鍛えてくれたとおっしゃっておられて。そのあとも様々な社会的テーマと言われるようなところにも次々と取り組んでこられて、作風の幅を広げてこられたという印象を持っているんですけども、この『怪物』はご自身にとってこれまでの書かれた作品の中での位置付けと言いますか、これまでの取り組みの中から『怪物』のプロットに繋がるものがあったのか、そういったことをお伺いしたいです。

坂元
2010年に「Mother」というドラマをつくりまして、脚本を書きまして、2011年に「それでも、生きてゆく」というドラマの脚本を書きました。その時からずっと、先ほどもお話しましたが、抱えていた問題が自分の中にずっとあって、それがここでこんなお話をすることが相応しいのかどうか分からないのですが、加害者というのをどのように描けばいいのか、それが私にとって12年間の長い長い課題というか、自分が考えていきたいテーマだったんですね。先ほどもちょっと言いましたが、加害者がどのようにすれば被害者の存在に気づくことができるか。私たちは被害ということに対して自分自身よく考えることがあるんですが、自分自身の加害という行為に関して考えることは難しい、気づくことは難しい。それをどうすればいいんだろうかということは、私の長年のテーマだったんですが、先ほどのクラクションの話もそうなんですが、『怪物』で辿ったのは加害者が被害者の存在に気づいていく、その道のりを自分なりに今現在書ける最も適したもの、現状書けるものがコレだったという。そういうことを、“社会的”という話も出たんですが、それにまつわることをずっと考えてきたということなんですよね。ですから、これで一つ自分なりの道筋というものになっているといいなと思うんですが、それが、答えが出るかは分からないのですが、現状コレです。

質問者
ありがとうございます。関連して監督にもお伺いしたいのですが、是枝監督はこれまで坂元さんの作品を観ていて、ご自身の関心とやはり同じものがあって同じ時代を生きていて、そういったこともあって、もしご自身が脚本お願いするなら坂元さんにと前々から言われていたと。今の“社会性”といった、坂元さんがずっと取り組まれてきた、そのことに関しては監督としては今回の作品を含めても、テーマといったところと、今の坂元さんの発言に関して監督からひと言頂ければと思うんですが。

監督
難しいですね。世代的には僕の方がちょっと上なんですけれども、僕も初めて書いた脚本はディレクターズカンパニーに持って行っているんですよ。僕は89年だったか90年だったか。相米慎二に憧れて。出発点から結構似てるんですよね。90年代、僕はフジテレビの視聴率1%未満の深夜ドキュメンタリーをやりながら、坂元さんのドラマを見る、心の余裕のない20代〜30代を過ごしたんですけれども。先ほどの「Mother」や「それでも、生きてゆく」―「それでも、生きてゆく」は僕の中では圧倒的な打ちのめされ方をしたドラマなんですけれど、自分が関心を持っているモチーフをこんな形で連続ドラマで、しかもラブストーリーで真摯に取り組んで、ドラマを通して何ができるのかを模索している、作り手がいる。本当に、演者と演出と脚本が信じられないくらい高いレベルで成立しているなと。そこから目が離せなくなったっていうのが、正直なところで。“社会派”と言われると坂元さんも「ん?」と思うと思うし、僕も“社会派”っていわれるくくり方であまりピンとこないっていうのが正直なところなんです。モチーフとして選んでいることと、その先で作り手が何を考えて何を描こうとしているのかと、結果的にどんなものになったのかというのは、必ずしもイコールでつながらないもので。特にドラマでも映画でもそうですが、集団でつくってるし、作り手が描こうと思っていないものが描かれちゃったりするので、あまりそれを決めたくないなという気持ちはあります。ただ、同じ時代に生きて同じ空気を吸ってきた。でも吐き方が違ってきた。吐き方は違っていた脚本家と監督が、今回は息を合わせてつくったという感じです。

質問者
ちょっと軽い質問してもいいですか。すみません。
せっかくカンヌに行かれたので、坂元さんにはレッドカーペットを歩いた時とか、現地で過ごした感想を聞きたいのと、是枝監督には、授賞式後、役所広司さんと2ショットで写真を撮られたりされていましたが、現地で経験したことなど聞ければというのもあり。さらに、1つちょっと気になっていたのが、レッドカーペットでかかっていた曲が『菊次郎の夏』の「Summer」だったのが凄く気になっていて、もし現地で間違えちゃったんだと言われたとかあったら、と気になっていたんですけど…とりあえず、そのカンヌの思い出話、楽しかった思い出話などを聞けたらなと思います。

坂元
楽しかった思い出ではないんですが、私3日間滞在していたんですが、お腹を壊してしまいまして、
3日の内2日寝込んでおりました。ただ、ギャガのスタッフの方が優しく、クッキーとウエハースを持ってきてくださって、そのウエハースを食べたらとても美味しくて、カンヌに来て良かったなと思いました。多分、一生あれより美味しいお菓子を食べることはないような気がします。とっても美味しかったです。帰るときでしたね、治ったのは。

質問者
じゃあ全然、南仏のお料理みたいなのは…

坂元
料理は機内食は美味しくいただきました。でもほんとに、どんな料理を食べるよりどんな美味しいものを食べるより、スタッフが持ってきてくださったウエハースが最高でした。

質問者
公式上映のときは大丈夫だったのですか?

坂元
あの日は大丈夫でした。あの次の日の午前中に倒れてしまったんです。いい思い出です、これは。

質問者
ありがとうございます。

監督
レッドカーペットの音楽はですね、事前に何にしますかと聞かれました。それで坂本龍一さんの今回の『怪物』のテーマ曲をお願いします、という風に伝えました。かかったら久石譲さんだったんですよ。(苦笑)これはなんでだか分からない。何かを間違ったんだと思うんですけど。

質問者
やっぱりそうですよね。絶対、坂本龍一さんの曲じゃないの?!と凄く思っていて。

監督
当然そうだと思って歩き始めたんですけど、違いましたね。(苦笑)
上映終わって出てきてもまたかけてきたので、大好きな曲ではあるんですが・・・なぜあれがかかったのかは分かりません。授賞式でレッドカーペットを歩いていても、「タケシ!」と声をかけられましたんで。もしかすると、どっかで何かこう違っていろんなことが伝わってるかもしれないです。(苦笑)

質問者
そのあとの北野監督のレッドカーペットでも「Summer」が流れていたので・・・

監督
そうですか。そっちでもしかすると『怪物』が流れたんじゃないかと思ってたんですけど。(笑)

質問者
だから、日本の作品は全部久石譲なのかなと思っていたんですが。

監督
だとすると、だいぶ雑ですよね。(笑)まあいい曲でしたけどね。いい曲だったんですけど、ちょっと
せめて坂本さんにして欲しかったな、というのがレッドカーペットを歩いた皆の共通の意見でしたね。

質問者
やっぱそうですよね。凄い気になってました。

監督
すみません。伝えておきます。役所さんとの舞台裏については、、、まず、受賞の瞬間に役所さんの名前が呼ばれたときに、僕と安藤サクラさんが一番叫んで歓声をあげていると思います。そのぐらい格好よくてというかですね、本当に嬉しかったです。役所さんがあの場所で評価をされるということが。
裏で記念写真を撮って、役所さんも恥ずかしがり屋さんなので、あまり受賞した喜びをそんなに言葉にするということはなくてですね、裏で話したのは、今後の日本映画をどうしていくか、みたいな。日本映画界をどうよくしていくか、みたいなことをまた戻ったら話し合いましょうね、という実務的な話をしていました。ずっと応援していただいているので、僕らがやっている活動も含めて。そのお礼を伝えて、日本に戻ったらまた話しましょうっていう、そういう話です。

質問者
ありがとうございます。

質問者
坂元さんにお伺いしたいんですけど。今回、脚本賞を受賞して、今後の作品とかもより一層注目度が高まるかなと思うんですけど、その辺、プレッシャーや不安に感じることはありますか?

坂元
プレッシャーのない仕事をしたことがなくて。しかもあまり結果も出たことが、私はそんなにないものですから、いつも怒られながら、謝りながら仕事をしていて。それはビジネス的な面で、とても脆弱な脚本家なものですから。いつも細々と、細々というか、細々というと自虐が過ぎますが、皆さんにお仕事をいただきながらやっているものですから、それは今後もプロデューサー次第だと思うんですけど・・・これでそのプロデューサーたちがおめでとうって言ってくれたり、ご飯食べましょうって言ってくれたり・・・なんの質問でしたっけ?嬉しかったです。

質問者
世に出していく上で…

坂元
本当にもうカスカスなんです。ただただ、仕事をしましょうって言ってくださることが嬉しくて。それにホイホイついて行ってしまっている自分がお調子者で情けなくて。本当に書けない、ゴメンゴメン、と言いながら謝りながら、周りの方が大丈夫書けるよって言ってくださって、支えられながらやっているので。すみません、愚痴をこぼして。今後、自分が変わっていくとは現状は思えないです。ただただもう、脚本を書くのは地味に毎日朝、仕事机に座って、夜寝るまでずっとパソコンの前に座って。私の万歩計、日々12歩なんですね。トイレに3回行ったくらいなんですけど。大晦日、元旦以外はずっとそんなことをしていて。愚痴で申し訳ないですけれど、楽しい仕事でもないですし、ただただ真面目に文字を書くことでしか何も得られないものですから。こうやってとても華やかな場に立たせていただきましたが、公開が終わったらまた私締め切りに追われて、コツコツとパソコンの前に向かうしかないですので。とても楽しい気持ちにはなれないです。

質問者
そしたら、賞を受賞しても自分にご褒美といか、そういったリラックスする瞬間はないってことですか?

坂元
昨日、そのジョン・キャメロン・ミッチェル監督からメールが届く直前に、ヒカリエでモロゾフのプリンを買いまして、これがご褒美だと自分に言い聞かせて、メールを読み返しながらプリンを食べました。

質問者
次の作品に向き合うときに、インスピレーションとかそういったものとかって自分の中であったりするんでしょうか?

坂元
本当にごめんなさい、後ろ向きの話ばかりで。やっぱり35年経つとインスピレーションが皆無になります。何もひらめかないですし、思いつくことも何もなくて、パソコンに我慢して向き合った時間の長さだけが何か生んでくれる状態です。もう何か普段ポンッと思いついたり、お風呂に入ってる時に閃いたとか、頭に電球が灯るようなことが、もう全くないですから。ただただ頑張ってパソコンの前から離れない、椅子から立たない、それを一年中続ける、ということだけが、それを辞めない、諦めずに真面目にやる、ということだけが、書き終わるという日を迎えるので。すみません、インスピレーションの話をされただけでこんなに長い愚痴を言ってしまって。

質問者
是枝監督、どうですか聞いてて

監督
ねえ、ちょっと、あれですよね、坂元さんにそう言われちゃうと。(苦笑)
でもあの、似てる瞬間はあって。僕も編集をしているとやっぱりもう、閃きを待っていてもしょうがないので、朝からとにかく夜中まで画面の前に座って、あーでもないこーでもないって手を動かし続けるっていう。それをとにかく休まずにやっているうちに何か、千回試せば一回いいことが訪れるみたいな、そういう気持ちで祈りながら、画面の前に座っている時間がありますけれども。今すごくシンパシーを感じたのは、同じような瞬間を生きながら、ようやく作品を生んでいるんだなという、そこでした。

質問者
今後もお二人で作品をつくったりとか、そういったことを考えていますか。

監督
チャンスがあれば僕はお願いしたいと思ってますが、坂元さんがいやもうこれでっていうことだとちょっと困っちゃうんですけども。でも今、周りの声に応える形で、こう、ね、引き受けてって言われてるから、声掛け続けようかなって思ってます。

坂元
仕事1回ってこう、偶然でもあるじゃないですか。でも、2回仕事するっていうのは偶然じゃないですから、そんな、監督とお仕事できることが簡単なことだとは、もちろん僕は前提として、“脚本家”是枝裕和さんをとてもとても尊敬していて、見上げている存在ですので、その方が自分で書かずに僕に依頼するということが、とてもそんな簡単にあることとは思ってませんけれど。またね、もう一回やりましょうって言われることが、仕事をしていくうえで最も嬉しいことですから、2回目っていう必然があったらこんなに幸せなことはないですよね。

質問者
是枝さんに一つお伺いしたいんですけども。今回『怪物』が脚本賞で、トラン・アン・ユン監督が今回監督賞をとりましたけど、『幻の光』と『シクロ』でしたっけ、あの年以来の再会と共に受賞ということで、喜びを分かち合っていたとしたらご感想をお聞きしたいです。

監督
いやぁ、嬉しかった。デビュー作でベネチアに行ったときに、彼はカメラドールを撮った後の二作目でベネチアに来ていて、同じコンペで出会ったのがお互い、多分同い年だと思うんですけど、33歳の時で。そこから交流が始まって、彼が日本で『ノルウェイの森』を撮るときには現場に陣中見舞いに行ったり、僕がキャンペーンでパリに行ったときにはご飯を食べたりみたいな関係はずっと続いて来たんです。
ただなかなか同じタイミングで作品を発表するということもなく、映画祭で再会ということもなかったものですから、それが今回こういう形でご一緒できて、僕は上映にも参加させていただきましたし、主演がジュリエット・ビノシュさんだったので、なんか三人で会場でこう抱き合ったのが、なんだろう今回の中盤のクライマックスでした。最終日の授賞式のときには、ホテルで着替えて廊下に出たら、エレベーターを降りたトラン・アン・ユンがやはり着替えの途中でいて、あ、呼ばれたんだね!ってお互いにそこで分かって、またそこで一度抱き合いましたけども。なんか映画祭って、そういう形で長い時間かけてつくってきたことが報われるっていうのは、賞以上に、そういう瞬間というような気もしています。
とてもいい再会でした。

以上