映画『52ヘルツのクジラたち』の大ヒット御礼舞台挨拶が3月7日(木)、東京・豊洲のユナイテッドシネマ豊洲にて開催。杉咲花、志尊淳、成島出監督が登壇。観客から寄せられた質問に答えた。
最初の質問は、杉咲が演じた貴瑚が、映画終盤で桑名桃李演じる少年の髪を切るシーンの撮影について。こちらのシーンでは実際に杉咲が髪を切っており、杉咲は「桃李くんは、ヘアドネーションをしたくて髪をずっと伸ばしてきたと聞いていて、実際に切った髪は(ヘアドネーションに)出されたんですが、(撮影は)一回きりで、そして大切に、大切に伸ばしてきた髪だと知っているからこそ、緊張しました。最初は人工ウィッグで練習したんですけど、実際の毛とは毛質が全く違って、『こんな切れ味なんだ』と感動しながらカットしました」とふり返る。
成島監督はこのシーンの桑名の笑顔について「あそこが、愛として初めて笑顔を出せたシーンでもあり、2年間、伸ばしてきて、これで終わりということで、嬉しくなってあの笑顔なんです(笑)。貴瑚と美晴(小野花梨)に囲まれて、2年間の長い旅が終わった素直な笑顔で、それが撮れたのはラッキーでした」と明かした。
続いて、トランスジェンダー男性である安吾を演じた志尊に、安吾のひげを生やしたビジュアルをはじめ、役にアプローチする上でのリサーチについての質問が。志尊は、この役のオファーを受けて、トランスジェンダーの男性の写真やその生い立ち、生き方などが掲載された雑誌を読んで、安吾をどのように作っていくか思いを巡らせたという。さらに「実際に話を聞いてみたいと思っていたところ、トランスジェンダー監修の若林佑真くんが、当事者の方がやっているバーに連れて行ってくれて、そこにお友達が5~6人いて、お酒を飲みながら語る機会を作ってくれたんです。僕が、無知な部分が多くて失礼なこともあるかもしれませんが、いろいろ聞かせてくださいとお願いして、快くいろんなことを聞かせてくださって、アンさんという役にそれを落とし込んだ時、ひげをはやしたいと思い、あのビジュアルになりました。ひげひとつとっても、カメラテストをして、鼻の下に着けてみたり、あごの広さを考えたり、一本単位で調整してつくっていきました」と役作りのプロセスを明かしてくれた。
また「本作に携わったことで芽生えた気づきや新たな発見、心動かされたこと」について尋ねると、成島監督は「映画界も僕が20代で助監督を始めた時から40年近く経って、いろんなこと変わってきて、それはいいことだと思います。基本、成島組の考え方は『作品が主役』ということ。監督や主演俳優でもなく、主役は作品だという話をさせてもらって、作品の前では全員が平等で、何を言ってもいい。とにかくいい作品にしたいという思いで、それにみんなが応えてくれました。ぶつかることもあるけど、その結果『良い映画をつくりたいという一途な思いで一丸になれた、幸せなひと夏でした」とトップダウン型ではなく、キャスト・スタッフが同じ目線で映画づくりに挑んだ撮影の日々を懐かしそうに振り返る。
杉咲は、本作においてヤングケアラーやネグレクトなどの社会問題やトランスジェンダー男性を描く上での当事者や有識者へのリサーチ、そして監修で入ったスタッフの存在に言及。「映画を観てくださる方々の中にもきっと当事者の方がいて、だからこそ、わかったつもりになってはいけないと思っていました。トランスジェンダーの表現の監修で入ってくださった若林佑真、LGBTQ+インクルーシブディレクターで入ってくださったミヤタ廉さん、インティマシーコーディネーターの浅田智穂さんなど、本当に様々なスタッフさんが、多角的な視点を持ち寄って、より良いものにしていくためにどうしたらいいかと熱い議論を積み重ねて、だからこそ辿り着けたものがあったと思います。自分にわからないものを『わからない』と言葉にしてシェアして、初めて見えてくるものがあって、わからないことがダメなことじゃないと思えたことが、相手を知る第一歩に繋がるという、大切な経験になったと思います」と本作を通じて得た大切な気づきを口にする。
志尊さんは、改めてトランスジェンダー監修の若林佑真さんの存在に言及。「本当に佑真くんは、何も隠すことなく全てをさらけ出していろんなことを教えてくれて『淳ちゃんのアンさんがよくなるために』と考えてくれました。どうしても、若林佑真くんがトランスジェンダー監修として表に出るってことには、ものすごく勇気が必要で、そこに至るまで悩みや葛藤もあったと思いますけど、当事者の人がみんなと一緒に楽しく生きる世界を作るんだという意思をもって、先陣を切ってくれたことでこの作品が成り立っていると思います。僕ができることは、思いをくみ取って、少しでも表現でお力添えできたらという思いでした。とにかく監修やコーディネーターで入ってくださったみなさまの思いを踏みにじりたくないという思いでやらせていただきました」と真摯に語った。
また、「寄り添うこと、寄り添い続けることに疲れて限界を感じてしまった時、みなさんならどうしますか?」という質問に対し、杉咲は「すごく優しい方なんだなと思いながら、(答えを)考えているんですけど…」と質問者を気遣いつつ「コップの中にわずかにしか水が溜まってないのに、それを(他人に)注いでしまったら、自分の心がカラカラになっちゃうので、そういう時は、ちょっと休んで自分の心を守ってあげてもいいんじゃないかと思います。そういうふうに寄り添いたいと思っていることは、きっと相手に届くはずなんじゃないかと思います」と語る。
志尊は「僕はまだまだ人間的に余裕がないので、『全ての人に寄り添いとげられるか?』と言われたら難しいところがあると思います。でも、その代わり、『この人に寄り添い続けるんだ』と思ったら、見返りを求めず寄り添おうと思えるタイプだと思います。『寄り添う』ってずっと一緒にいることだけじゃないと思っていて、ある程度、距離をとることも、その人のことを思っての寄り添いだと思うし、全てを『自分がやってあげなきゃ』というのではなく、誰かを想っているのが寄り添いだと思うので、つらくなったら一回、距離を置いて、自分を大切にしてほしいという思いがあります」と優しく呼びかける。
また、俳優として現場で対峙し、さらに完成した作品を見て、お互いに感じた俳優としての魅力や素晴らしさについての質問では、杉咲は志尊について「アンさんのどのシーンも鮮明に自分の中にあるので『ここ』と挙げるのが難しいんですが…」と思案しつつ、安吾の運転する車から飛び出した貴瑚が「すべて吐き出していいんだよ」という言葉を安吾から掛けられる一連のシーンについて言及。「撮影直前に緊張してしまって、そうしたら志尊くんが手を握ってくださったんです。(車の)扉を開けられないくらいの緊張感だったんですけど。本番が始まって『飛び出さないと』と思って、カメラの前に立って、自分のことで精一杯だったので、隣でどんな表情をしているのか、完成しているものを見るまでわかんなかったんですが、言葉に言い表せないような温もりに満ちた表情をアンさんがしていて、初号で見た時は胸がいっぱいになりました」と印象深いシーンについて語ってくれた。
志尊はこのシーンについて「メチャクチャ鮮明に覚えています」と語る。安吾を演じる上で「本を読みこみ、自分なりにプランを立てて、(あるシーンに向け、距離感を)逆算して作っていった」とふり返りつつ、ところがこのシーンは「プラン通りにいかなったシーンだった」と告白。「花ちゃん然り、キナコ(=貴瑚)が、握ったら本当になくなってしまうんじゃないか?と思えて、その姿を見て『触れないことはできない』と思って、僕もその時は気づかず、後で若林佑真くんに言われたんですけど、(杉咲の)背中に触れてしまったんですよね。それくらい、『本当にこのままなくなっちゃうんじゃないか』という花ちゃんの佇まいを見たので、演技プランは変わったものの、やっぱり“生”の2人のキャッチボールの積み重ねでできたんじゃないかと思います」と自身にとっても思いもよらないシーンになったと語る。
成島監督は、志尊が自身でも無意識に杉咲の背中を触れたという点について「初めて聞きました」と驚いた様子。「現場でも素晴らしいと思ってOKを出しました。まさに奇跡的なカットでした。アンさんがそういう気持ちで言っていたと今日、聞いて感動しました。嬉しいよ、監督として。そういう芝居がフィルムに収められるって、最高のこと」と嬉しそうに語っていた。
一方、志尊は、杉咲の魅力について「(語り始めると)2時間くらいかかる(笑)」と前置きしつつ、「杉咲さんが出る作品を見て、みなさんと同様に『なんて素晴らしいんだろう』と思っていますけど、それが『天才だから』とか『生まれ持ったものだ』と思われるのがすごくイヤなんです。杉咲花という人間は、こんなにも作品に自分の気持ちや時間を捧げていて、『こんなにも寄り添い遂げる人がいるんだ!』というのをそばで見て感じていました。彼女は多分、自分で思い描いて余裕を持ってなんてやっていなくて、1シーン、1シーン、『このままなくなっちゃうんじゃないか?』と思うくらい、すり減らして向き合ってるんです。僕が心配なのは、このまますり減って、壊れてしまうこと。でも、それが花ちゃんが仕事に向かうスタンスだから、上手く共存できて、自分の身体をしっかりと保てるんであれば、僕は日本の宝だと思ってるんで、これからもいろんな作品を届けてほしいという思いです」と熱い“杉咲花論”を展開し、会場は同意の温かい拍手に包まれる。
杉咲は「これ以上ないほどの言葉をいただいて、身に余る言葉で恐縮で嬉しいです」と照れくさそうな笑みを浮かべつつ「こんなふうに言ってくださる、自分にも想像しきれないほどのとてつもない愛情をもって、志尊くんは現場に毎日立っていてくださったので、そんな方と共演できたことは、かけがえのない時間でしたし、いち俳優としても心の底から尊敬しています」と返した。
舞台挨拶の最後に志尊は「僕自身、この作品に携わって、知らなかったことを知ったことで、『ここで終わり』とは全く思っていなくて、この作品に携わったことをスタートに、もっと知らないことを知っていかなきゃと思いました。みなさまにとってもこの映画が『もっと知りたい』というきっかけになったのであれば、ぜひ、みなさんの中で『知る』ということを増やしていただき、きれいごとになってしまうかもしれないけど、みなさんのお力でぜひ一番そばにいる人の声を聴いてあげられる世の中になればと思います」と呼びかける。
杉咲は「日々を営むほとんどの人が、なにかしらの孤独と戦っていると思います。私は生きていたら寂しいことばかりだと思っていて、人のことを思ってもみない形で傷つけてしまうことも、傷つけられてしまうことも怖いし、他者との関わりって煩わしいものでもあると思います。でも、その寂しさを紛らわせてくれるのも、人の存在だと思っています。他人の痛みをわかることはできなくても、それでも隣にいて、想像力をもって、これからも関わろうとしていきたいと、この映画を見て感じました。もしそんなふうに思ってくださる方がいたら嬉しいです。よかったら、みなさんの言葉で、この映画の話を誰かにしていていただけたら嬉しいです」と語り、温かい拍手の中で舞台挨拶は幕を閉じた。