監督デビュー作『マイ・マザー』を完成して間もない頃、グザヴィエ・ドランは母親役を演じたアンヌ・ドルヴァルから、「絶対読むべきだ」と彼女が10年ほど前に出演した舞台の戯曲を渡される。「実を言うと、興味をそそられなかったんだ。正直なところ反感すら覚えたような気がする。僕はその戯曲をしまいこんだまま忘れていた」とドランは打ち明ける。
それから4年後、『Mommy/マミー』を撮影した直後のことだ。ドランはあることがきっかけで、書棚にしまっていたその戯曲、ジャン=リュック・ラガルスの「Juste la fin du monde(たかが世界の終わり)」を手にする。「読み返すというよりも、初めてきちんと読んだ。6ページ目あたりまできたところで、これこそが僕の次の映画だと決めていた。」
気持ちが変わった理由について、ドランはこう解説する。「大人になって、やっとラガルスが描く登場人物の言葉、感情、沈黙、ためらい、不安、強烈なほどリアルな欠点を理解することができるようになったのさ。時間が必要なものもあるんだ。彼らの不完全性にも惹かれたね。とても真実味があって人間くさい。非常に傷つきやすく、悩みや迷いを抱えて生きている。つまりはいつも通り、アンヌはもちろん正しかったということさ。」
ところが、ドランの周囲の人々は、当のアンヌさえも、ラガルスらしさを残して、映画として成立できるのかという疑問を呈した。だが、ドランは臆することは全くなかったと胸を張る。「わざと文法を間違ったり、繰り返したりするラガルスの台詞を、妥協なしに表現したかった。彼らしさはその言葉使いにあり、だからこそ彼の作品は今日まで朽ちることがないからだ。そこを変えてしまうと、ラガルス作品を陳腐なものにしてしまう。観客が映画に“戯曲を感じる”ことは、僕にとって少しも問題じゃなかった。」