是枝裕和監督インタビュー
── 作品全体のトーンが非常に軽やかですね。
読後感の明るいものを作りたいという想いが強くありました。前作がバッドエンドだったとは思いませんが、今回は自分の中でも最も明るい方へ振ろうと決めて現場に入りました。
── フランスの二大女優との共演に、イーサン・ホークさんを選ばれた理由は?
一番やりたい役者だったからです。(リチャード・)リンクレイターとの仕事を見ていて、今回のような作品を面白がってくれるだろうと。(カトリーヌ・)ドヌーヴさんも俳優として彼のことが大好きで、正式に決まる前から脚本を「イーサンをイメージして読んだ」とおっしゃっていました。
── ホークさんとは撮影前にどんなお話をされましたか?
最初に、「なぜ、僕が演じるハンクはわざわざフランスまで行くんだろう」と。役者から疑問をぶつけられるのは、とても大事なことです。(樹木)希林さんにも、よく聞かれました。母親に幸せな家族を見せつけるためだとか、彼が実はお酒をやめていてなど、全てイーサンとのやり取りの中で作っていきました。ハンクの弱点を書いてくれて、非常に演じやすくなったと言われましたね。
── オーディションでマノン・クラヴェルさんを選ばれた理由は?
声ですね。劇中のマノンも魅力的なハスキーボイスだという設定に変えました。
── リュディヴィーヌ・サニエさんは?
彼女は元々、僕の作品を気に入ってくれていて。彼女に合わせて少し書き直しました。
── 脚本執筆で、文化や慣習の違いなどはどうされましたか?
プロデューサー陣に第一稿を読んでもらった時に、「こういう言い方はしない」「この設定は違う」という意見が出たので、それを受け止めて修正していくという作業をしました。この年齢の子供とは川の字では寝ないとか、フランス人は70歳を過ぎても階段なんか気にしないとか。全てを受け入れたわけではありませんが。
── 週休2日、1日8時間の規則的な撮影だったそうですね。
フランスでは、映画というものが、観ることも撮影することも日常なんです。日本はお祓いから入って寝食を共にして、お祭りやイベントですよね。僕に関して言うと、一度も体調を崩すこともなく、正しいやり方だと思いましたが、今日は調子が出てきたからもう少し撮りたいなと物足りないところもありました。
── 演出方法は変えられましたか?
今までと同じ方法でやらせてもらいました。最初は変えるつもりだったんです。(ジュリエット・)ビノシュさんから自分の中に役を落とし込むのに3週間かかるから、前日に台本を直して当日渡すようなことはやめてほしいと言われたので。その時はそうすると約束したのですが、撮影が始まったらすぐに破ってしまいました。ビノシュさんは「諦めた」と言ってましたね(笑)。
── 脚本が変わることに関して、ドヌーヴさんの反応は?
ドヌーヴさんは、お昼に来てメイクをしながら台本を開くので、変わっていてもいなくても関係ないんです。そこに呼ばれて、「今日のここなんだけれど、こういう風に言っていいかしら」と。マノンの目を見て「小鹿みたい」と褒める台詞もそうです。いろいろ提案してくださる。希林さんと一緒でしたね。
── 現場でのお二人は?
ドヌーヴさんは、どのシーンも必ず素晴らしいテイクがある。そこがやっぱりすごいと思います。自分でもわかっていて、それが出るととても嬉しそうにされて、「今のが、OK」と。「今晩8時にディナーの約束をしているの」という日は、早い段階でそれが出ましたね(笑)。その点、ビノシュさんは正反対で、既にベストなテイクがあっても、もっとよくなるんじゃないかと何度もトライしたいタイプでした。
── 母と娘の対決と和解のシーン、二つの山場があります。
対決のシーンは、昼間のうちにたまっていったリュミールの想いが噴出し、娘に引き金を引かれた母親がどう反撃しつつ、ある種のもろさを出すかというところが重要でした。和解のシーンは、抱き合った後に女優に戻る母に娘が仕掛け返すシーン、あれは撮影途中で書いたシーンで、何テイクか撮って編集で着地点を決めています。
── 撮影監督のエリック・ゴーティエさんは?
素晴らしかったです。人間と空間を非常に瑞々しく撮っている。僕がカットバックで考えていたものをワンカットで撮るなど、すごく動き回っているのですが、全てが的確なワークで見事でした。
── 音楽は?
今回は、多幸感のある音楽をと考えて、いくつか送ってもらったデモを聞いて、アレクセイ・アイギに依頼しました。テーマは動物園。ファビエンヌに魔法で動物に変えられた大人たちがいるにぎやかな空間に、孫娘が遊びに来た時に響いている音楽というイメージです。
── エンドロールのドヌーヴさんも素敵でした。
あそこまで、豹柄が似合う人はいませんよね(笑)。