――秩父蒸溜所さんは創業者である肥土伊知郎さんが2008年に開設されましたが、なぜウイスキーを造ることになったきっかけを教えてください。
𠮷川由美(以下、𠮷川) 肥土は日本酒造りを家業とする家に生まれて、その21代目だったんです。父親の代には日本酒だけでなく洋酒も含めて色々なお酒を造るようになっていて、1980年代からはシングルモルトウイスキーの製造も行っていました。しかし経営が傾いてしまい、他の会社に経営権を渡してしまったのです。そのとき、ウイスキー以外のお酒は譲渡後も引き続き販売していたのですが、譲渡先の会社はウイスキーに関心がなく、蔵に何百樽とあった熟成中のウイスキーの原酒を廃棄することになっていました。肥土は譲渡後も会社に残って社長を務めることになってましたが、原酒の廃棄がどうしても受け入れられず、原酒を引き取ってベンチャーウイスキーを立ち上げました。会社が始まったのが2004年で、秩父蒸溜所が完成したのが2008年なので、2004年から2008年の間は父親から譲り受けた原酒をボトリングしていました。――秩父蒸溜所は埼玉県秩父市にありますが、この場所を選ばれた理由を教えてください。
𠮷川 良質な水が潤沢に通年を通して手に入ることが大きいのですが、地盤がしっかりしていて自然災害に強いこと、また協力者や理解者が周りにいることは外せない要素だったと聞いています。肥土は埼玉県秩父市の出身なので、知り合いや協力者がいたことは大きかったのだと思います。――やっぱり水は重要なんですね。
𠮷川 そうですね。名水百選である必要はないのですが、飲んでも美味しい水が夏でも冬でも涸れることなく潤沢に手に入ることはとても大事な要素です。仕込み水ももちろんですが、ウイスキーの場合は蒸溜の時に冷却水が必要ですから。――秩父蒸溜所さんの特徴は何でしょうか。
𠮷川 やってることはオーソドックスで、スコットランドの蒸溜所がずっとやって来た造り方を踏襲しています。大きな特徴と言えば、肥土自身はもちろん、創業当初から働いている従業員自体がウイスキーの飲み手だというところですね。バーを飲み歩き、何百種類もウイスキーを飲んで、それを自分たちの手で造りたいという夢を持った人間が集まった会社なんです。だから造り手であるけど飲み手の気持ちも分かる。品質に対しても自社製品に厳しい目を持っていて、社内でディスカッションを重ねてよりよいものを作ろうとしています。色んな性格の人が集まっているんですけど、ウイスキーを通じて繋がっていて、他社さんの新製品が出たりすると、社員みんなで「あれ飲んだ?」と話し合ったりしていて。そういうことが日常的に起こっている会社は珍しいんだと最近気づきましたね。――秩父蒸溜所さんのウイスキーの特徴は何でしょうか?
𠮷川 特徴と言えるのは「味のレイヤー」だと思います。一つの味わいが支配しているのではなく、一分後に味わうと一口目とはまた違う味わいが出てくる。ちょっと加水すると今度は新しくフルーティさが出てくる。フィニッシュの中にも味わいが変わるといった具合に、色々な味の要素が一つのウイスキーの中に含まれていて、それが時間やアルコール度数、グラスによって表情を変えて出てくる。このように色々な要素のレイヤーが重なったような味わいになるよう、ブレンドの時に色々な樽の構成を考えているのが味わいの特徴になっていると思います。――御社を代表するウイスキーはなんでしょうか?
𠮷川 弊社の定番商品の一つがブレンデッドモルトウイスキーで、緑と黄色と赤の瓶があります。三種類同時に出したのは、熟成樽の違いでウイスキーの味わいに違いが出ることを知っていただきたいからです。その中から色々なものをお試しいただくことで自分の好みが分かってきます。違いを知り、より深くウイスキーを楽しんでもらうためのラインナップとなっています。上記に加えて創業当初からリリースしているワールドブレンデッドウイスキーのホワイトラベルがありまして、これを加えた四種類がメインの商品となります。本当は最初からシングルモルトが定番で出せればよいのですが、原酒量が非常に限られていまして。それでもウイスキー専業メーカーとして、ブレンデッドを含め良いウイスキーを発信して楽しんでいただきたいという思いがありました。しかし秩父蒸溜所だけで原酒を造ろうとすると限度がある。ここで世界に目を向けると、ウイスキー造りを行っている国は200カ国以上ある。スコッチは昔から日本でも飲まれていますし、バーボンやアイリッシュウイスキーもあります。ですから国境を意識せず良いウイスキーを造っている国から良いウイスキーの原酒を輸入してそれをブレンドすることを考えました。
とはいえ輸入した原酒をブレンドするだけでは面白くないので、それらを秩父の熟成環境で再度熟成させます。輸入してきた原酒を樽の中で再び熟成させているんですね。このようなことを創業当初からずっと続けてきて、熟成されている原酒を味見して、その都度よいものと合わせてブレンデッドウイスキーにするんです。これがワールドブレンデッドウイスキーです。他の国で造られた原酒を寒暖差の大きな秩父の環境で寝かせると、同じ一年でどれだけの味の変化があるのかという実験が、ワールドブレンデッドウイスキーの作成に繋がっています。
――熟成に使う樽は材質を変えたりされているのでしょうか?
𠮷川 今のところ熟成に使っている樽はすべてオーク(楢)樽にしています。日本だと桜など色々な材質を使えるのですが、自分たちが踏襲しているスコッチ(ウイスキー)に準じていまのところはオーク樽だけに絞っています。ただオークといってもアメリカンホワイトオークやヨーロピアンオーク、ジャパニーズオーク(ミズナラ)と色々な種類のオークがありますので、それぞれを使い分けています。――日本のオークの特徴は何でしょうか?
𠮷川 ジャパニーズオークは、他の国のオークよりも個性的な甘さが出ます。一般的にはお香みたいだと言われていて、そういう感じの柔らかいスパイシーさは他の樹ではなかなか現われないですね。アロマティックでオリエンタル、そして、白糖というより黒糖のような、こくのある甘さがミズナラ樽に感じられる特徴です。――今回『駒田蒸留所へようこそ』とのコラボウイスキーに選ばれた「イチローズ モルト&グレーン アンバサダーズチョイス」の特徴を教えてください。
𠮷川 ブレンデッドウイスキーを作って、それをさらに樽で追熟させるという試験的な商品で、3~4年ほど前からずっとやっている取り組みです。今回はグレーンウイスキーとモルトウイスキーの比率を少し変えて、モルトウイスキーの比率を大きくしています。グレーンウイスキーの比率が大きいとさっぱりした爽やかな味わいになり、モルトウイスキーが大きいと骨格のはっきりした味わいになります。この商品には爽やかな香りが出やすい原酒を使っていますので、しっかりと芯は通っているけどエレガントでとても繊細なウイスキーになっています。味のレイヤーが分かりやすくそれを体感できる商品じゃないかと思います。――おすすめの飲み方はありますか?
𠮷川 今回の商品はどのような飲み方をしていただいても大外れはしないと思いますが、もし飲めるようでしたら、最初はストレートで味わっていただいて、何に合うかを考えて、ロックや水割りにしていただければと思います。冬ですとお湯割りも案外美味しかったりします。――近年、ジャパニーズウイスキーが話題になっています。ジャパニーズウイスキーの特徴とは何だと思いますか?
𠮷川 日本のウイスキー造りの特徴として、味の丁寧な作り込みが上げられるでしょうか。あとは商品や原酒に対する柔軟性ですね。元々あったものを守っていくよりも、ゼロから始まったものを発展させていくのが日本の特徴だと言われるんですけど、例えばワールドブレンデッドウイスキーはスコッチでは生まれない文化ですね。他の国の原酒を使用してそれを自社のモルトとブレンドして商品を作るというやり方は、スコッチでは異端に近いと思います。彼らのやっていることは、《スコッチウイスキーを造る》ことなので。逆に日本の面白いところは、そういうことに囚われない柔軟な考えを持っているところだと思います。またブレンドの繊細さは日本の大きな特徴だと思います。文化的な背景が大きいんだと思いますが、スコットランドをはじめヨーロッパでは、ウイスキーを飲む人の九割はストレートで飲むんです。でも日本だとハイボールとか水割りが多いですよね。日本のブレンダーさんたちもストレートで飲むときの味わいも作りつつ、ハイボールにしたとき、ロックにしたとき、水割りにしたときの味わいも考えて作り込んでいます。そうすると味の重ね方も他のウイスキーより繊細になっていくんです。ロックや水割り、ハイボールという飲み方が文化として日本のウイスキー造りに根付いていて、それが味わいの特徴にもなってきていると思います。
――読者向けにウイスキーのオススメの飲み方を教えてください。
𠮷川 ウイスキー初心者の方には、あまり固定概念を持たず、素直にウイスキーを飲んでいただければと思っています。どの銘柄を飲むかは美味しいか美味しくないか、自分に合うか合わないかで決めて構いません。飲んでいくうちに、なぜこれが自分に合うのか、なぜ美味しく感じるのかが分かるようになってきますので、初心者の方こそ色々なウイスキーを飲んでいただきたいですね。――好きなものを、好きな飲み方で飲むのがいいということですね。
𠮷川 嗜好品ですのでそれでいいんじゃないかと思います。水割りがお好きなら水割りを追求して飲むというのもひとつの飲み方ですし。どこかでストレートで飲んでみようという気持ちになれば、そのときにストレートを試されればいいのかな、と。無理して嫌な銘柄や好きではない飲み方をしないで良いのがウイスキーの面白さだと思います。――最後に秩父蒸溜所さんのPRをお願いします。
𠮷川 飲み手にとってどんな蒸溜所であるべきなのか、どんな蒸溜所であって欲しいのかを考えているときに気づいたことがありまして。皆さん、好きな歌手やアーティストがいて、そのライブに行かれるじゃないですか。私にも小学生の頃から好きなアーティストがいます。ただニューアルバムを出したからといってすべて好きになるわけではなくて、好きな曲もあれば嫌いな曲もある。でもライブがあるとついつい行っちゃう。多分このアーティストがライブをしなくなるまで、なんだかんだ行くんだろうなと思うんです。蒸溜所にも色々な樽がありますが、全部好きになる必要はないんじゃないんです。好きな商品もあれば苦手な商品もあるはずなので。でもその蒸溜所に魅力を感じて将来どんな商品を出すのか楽しみにしている人がいて、色々文句を言いながらも新商品を飲み続けてくださるのかな、と。そう思うと秩父蒸溜所の商品を全部飲んで欲しいというのはおこがましく思えてきて。ただ創業者の肥土をはじめ、作っている人みんなが本気でウイスキーを造っていて、いいものを提供したいと思っている蒸溜所なので、色々と好き嫌いを言っていただきながら、お爺ちゃんお婆ちゃんになるまで追いかけ続けたい蒸溜所にしていきたいと思います。帝国ホテルにてバーテンダーとして勤務した後、2008年にNY、そして2011年にスコットランドへ渡る。
スペイサイドのウイスキーBar「ハイランダーイン」でバーテンダーとして従事し、その間アイラ島のブリックラディ蒸溜所にてウイスキー造りに携わる。日本帰国後、現在は(株)ベンチャーウイスキーにてブランドアンバサダーとして勤務。2019年、ウイスキーマガジン社主催のアイコンズ・オブ・ウイスキーにて、ワールドウイスキー・ブランド・アンバザダー・オブ・ザ・イヤーを受賞。