テレンス・マリックは『ボヤージュ・オブ・タイム』で、どのジャンルにも当てはまらない作品に挑んだ。１４０億年近い宇宙の深き過去は、我々の命についてどんな神秘をもたらしているのか？我々はどのように生き残り、進化し、今日に至るのか？映画の幕開けと共にその探求の旅が始まる―。
これまでデイヴィッド・アッテンボローの一大叙事詩ドキュメンタリー番組「プラネットアース」、伝説的なIMAX®の到来を告げたジャック・ペランとジャック・クルーゾの実体験型映画『WATARIDORI』（01）『オーシャンズ』（09）、ヴェルナー・ヘルツォーク『世界の果ての出会い』（07）に至るまで、数多くのネイチャードキュメンタリー映画が誕生してきたが、『ボヤージュ・オブ・タイム』は観客をもう一歩先まで連れて行く。何十年もの歳月をかけ、天文学、生物学、哲学を学び、資料を集め、物理学から人類学に至るまで、時々刻々と移り変わるあらゆる分野の教授や研究者、革新者たちと会い、論じ、確かめ合うことで、マリックは「科学」と「芸術」の交点となる、全く新しい映画を生み出したのだ。

マリックはデビュー作『地獄の逃避行』（73／未）から、自然情景の情感豊かな様子を作品に取り込むことで高い評価を得ていた。そして２本目の映画『天国の日々』（78）では、種の芽吹きを低速度撮影で収録している。科学に基づく生命の再生を視覚化したのだ。みずみずしい情景、そして猛火に包まれた太平洋戦争を描いた『シン・レッド・ライン』（98）から、原始アメリカの美しさを描いた『ニュー・ワールド』（05）に至るまで、マリックは自然の深淵なリアリティを通して人間の生命の不確かさを繰り返し映し出す。
最近では、マリックは『ツリー・オブ・ライフ』で宇宙と地球の形成を映像化し、それをテキサスのある一家の個人史の物語に融合させるということをやってのけた。この作品はアカデミー賞®にノミネートされ、カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールを受賞している。
『ニュー・ワールド』以来マリックと仕事をしてきているプロデューサーのサラ・グリーンは、マリックが初めて映画を作りだして以来、ずっと『ボヤージュ・オブ・タイム』がマリックの心の中に住み続けていたのだと言う。「私がテリーと知り合った頃、それはまだ一緒に最初の映画を製作する前のことだったけれど、彼はこのアイディアについてよく話していたの。彼は研究をし続け、プランを練り続けていた。そして機会がある度に撮影も続けていた。何年も、何年も。」
プロデューサーのニコラス・ゴンダは、この映画の起源はマリックが映画製作者になる以前にまで遡ると言う。「テリーが詳細にメモ書きした本を何冊も持ってきたのを覚えている。それは彼が小学校の時に読んだ本から、大学時代に読んだ本、そしてそれ以降に読んだ本にまで及んでいた。この起源はおそらくテリーが子供として形成された時代にまで遡るんだと思う。多くの人たちと同様に、夜の空を見つめて、宇宙空間の中にいる人類の存在についての問いを考え始めた時から始まっているんだ。」
マリックのチームに初めて参加した長編ドキュメンタリーのプロデューサー、ソフォクレス・タシオリスは語る。「テリーは生涯のキャリア全てを捧げて、この自然界における問いを提示しなければならないと思っていた。『ボヤージュ・オブ・タイム』は常にテリーの中にあり、特別なものだった。彼はこの作品を完成させるために、これまでの映画を製作する必要があったんだと確信しているよ。テリーは誰よりも博識な人物の一人だよ。歴史学、最新科学、社会学など、底知れない知識には舌を巻くよ。科学だけでなく、もっと抽象的で観念的なところにも気持ちを向けることができるんだ。とても好奇心旺盛で、常により深遠に物事を捉えることに挑戦している。彼は多くの人々が尋ねようともしないような質問をしてくるんだ。」その問いは、映画の中でも深く響く語りによって、我々の心に訴えてくる。

視覚効果チームは、試行錯誤の日々を送った。「マリックからは、確かなリアリティに基づく映像を求められた。例えば、ビッグ・バン直後、そこには原則的に光はなかった。それを表現しようとすると、宇宙を濃度の異なる集塊状態の映像にするしかなかった。正確な表現にたどり着くまでにかなり苦労したよ。」と視覚効果を監修するダン・グラスは笑う。「尊敬している多くの科学者たちがアドバイスをくれる体制がとられていたことには本当に感謝するよ。彼らは知識を与えてくれるだけではなく、彼ら独自の視覚表現も提示してくれた。僕たちは科学者たちが研究で使用している図表や図式表現も多く取り入れながら、それらを美しいものへと変身させて、本編に組み込んでいったよ。」
視覚効果チームは、マーマレードやグリセリン、ミルクや染料、塗料、塩など身近なものも取り入れつつ、ハッブル宇宙望遠鏡からの驚嘆すべき写真や、NASAの惑星間宇宙探査用ロケットやソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー（太陽観測衛星）からの大量の映像情報、さらにはスーパーコンピューター・シュミレーションや磁性流体を活用しながら、映像を作り上げていった。
遠い昔に消え去った恐竜シーンにおいては、初期の恐竜の肌質に至るまで復元ができるよう、モンタナ州立大学の名高い古生物学者ジャック・ホーナーに助言を得ながら映像化した。他にも登場する絶滅種についても、デジタル技術をフルに活用しながらも、その緻密さが観客にとって不快感を抱かせるものにならないように細心の注意を払った。コンピューター・アニメーションによる創造物は、人為的完璧さを際立たせ、違和感を感じることがあるからだった。グラスは言う「コンピューターでどれだけ本物に近いイメージのものが創りだせたとしても、本物でないことは人にはわかってしまう。僕たちは、それらの生物たちがまるでドキュメンタリー用に撮影されたかのような映像を作るところまでを目指した。ただ、デジタル処理によって物事を取り繕うようなことはしたくないとマリックからは釘をさされていたから、そこには注意に注意をかさねたよ。」
天体物理学、地質学、そして生物学に対する最新の理解と、全ての有機体の表現が科学的に正しいものであることが本作の根底にはありつつも、映画制作そのものは非常に直感に根ざしたものとなった。
グラスいわく「マリックは撮影に対する姿勢がより禁欲的であることを好んだ。撮影したものがどんなものか説明しすぎることを避け、観客が映像に入り込みやすくすることで、この映画を通して観客各々の個人的な体験ができるようにと考えていたんだ。イメージは、生命の根源におけるエネルギーを伝えること。でも、あまり詳細になりすぎないようにと気をつけたよ。
このプロジェクトに１０年以上没頭してきたグラスは「長い間、視覚効果はクリエイティブ主導というより先に完成形の目指しどころがあるテクノロジー主導になってきていた。でも、僕たちはこのプロジェクトを通してその逆の方向へと導かれるようになったよ。テクノロジー作業を通してクリエイティブな最終地点を目指す。意図した方向性に向かって、デジタルと有機的かつクリエイティブな、理想的バランスがとれるようになったんだ。」と言う。