命みじかし、恋せよ乙女 - 人生は、本当の自分に戻る旅

樹木希林が、女優人生の締めくくりに選んだ作品 ――描かれるのは、<人生を愛する>ためのメッセージ 「あなた、生きてるんだから、幸せになんなきゃダメね」

Introduction

   2018年7月11日、樹木希林は神奈川県茅ケ崎市にある旅館“茅ヶ崎館”にいた。1950年代には小津安二郎がここで脚本を書き、近年では是枝裕和も執筆のために宿泊をする、国から有形文化財に指定された宿だ。樹木が茅ヶ崎館を訪れるのは、小津の遺作となった『秋刀魚の味』(62)の撮影時に、女優杉村春子の付き人として現場に参加した時以来であり、今回の訪問は、そんな樹木の女優人生の最後を飾ることとなった映画『命みじかし、恋せよ乙女』の撮影のためだった。
   この物語は、酒に溺れ仕事も家族も失ったドイツ人男性のカールの元へ、突然、ユウと名乗る日本人女性が訪ねて来るところから始まる。風変りな彼女と過ごすうちに、人生を見つめ直し始めるカールだったが、その矢先、彼女は忽然と姿を消してしまう。ユウを捜しに訪れた日本で、カールがユウの祖母から知らされたのは、驚きと悲哀と感動に満ちた物語だった―。
   カール役にはドイツ人俳優ゴロ・オイラー、ユウ役にはニューヨークのカーネギーホールで踊ったキャリアを誇る日本人ダンサー入月絢。そして日本を訪れたカールにそっと手を差し伸べる茅ヶ崎館の老女将であるユウの祖母役を演じるのが樹木希林である。
   ドイツにおける最も成功した女性監督の一人と称えられるドーリス・デリエは、30余年の間に日本を30回以上も訪れ、日本で『フクシマ・モナムール』(16)を始めとする5本の映画を撮影している。日本文化をこよなく愛する彼女が、長年にわたって憧れてやまない女優・樹木希林にあてた役を自らの手で書き上げて出演をオファー、樹木がこれを快諾した。本作のラストには、樹木が美しい庭を眺めながら「ゴンドラの唄」を歌うシーンがある。この歌は黒澤明監督の『生きる』(52)にも出てくる有名な大正歌謡であり、「命みじかし恋せよ少女 朱き唇褪せぬ間に 赤き血潮の冷えぬ間に 明日の月日のないものを」と歌うこのシーンが、9月に亡くなった彼女の女優としての映画への最後の出演シーンとなった。
   親や周囲の期待に応える「理想の自分」と「本当の自分」の間でもがき、さらに愛する者たちとの別れに心を引き裂かれたカールに対し、「あなた、生きてるんだから、幸せになんなきゃダメね」と優しくさりげなく背中を押す老いた女将。その言葉は、出会いの喜びと喪失の悲しみを繰り返す人生の、美しさと残酷さを描く本作の中で、私たちの心に深く響きわたり、人生をまた一歩踏み出す力を与えてくれる。

Story

自分を見失った男が、遠い異国で出逢った、哀しくも美しい人生の物語とは――? ドイツと日本を舞台に描かれる、感動の人生讃歌。

   ドイツ、ミュンヘン。幼い娘の誕生パーティに、招待されてもいないのに酒に酔って現れ、別れた妻から「正気?」と追い返されるカール(ゴロ・オイラー)。仕事も家族も生きる希望さえも失ったカールが、泥酔の底で「助けて」とつぶやいた翌日、ユウ(入月絢)という名の若い日本人女性が訪ねてくる。カールの亡き父ルディと親交があったというユウは、ルディが生前暮らしていた家を見たいというのだ。 よく知らないユウと共に、郊外にある今は空き家となった実家へと向かう羽目になるカール。父の墓の前で手を合わせて涙を流しながら「彼は私に優しかった」と話すユウの言動は、すべてがとても風変りだった。実家に入ると、いい思い出も悪い記憶も次々と蘇り、カールは両親の幻影と共に数日間を過ごすことになる。 ある晴れた日、ユウの希望で観光名所のノイシュヴァンシュタイン城へ出掛けたカールは、土産物売り場で働く義姉に出くわす。彼女から甥っ子で高校生のロベルトが引きこもりになったと聞いて驚くカール。兄のクラウス(フェリックス・アイトナー)が、極右政党に入党したことが原因だった。心配のあまり兄の家へ立ち寄ったカールは、帰宅した兄と大げんかになってしまう。
   兄クラウスと姉カロ(ビルギット・ミニヒマイアー)とカールの3兄弟は、子供の頃から仲が良くなかった。母親に溺愛されていた末っ子のカールに、兄と姉が嫉妬していたのだ。母に続いて父が亡くなった時には相続でもめ、以来、完全に疎遠になっていた。こうして、カールは次第に目を背けてきた自らの人生と向き合い始める。両親の期待に応えられなかった不甲斐なさ、親の死に目に逢えなかった後悔、家族との縁を切ってきた不義理、そして本当の自分をさらけ出すことが出来なかった過去のすべて―。ユウはそんなカールの耳元でそっとささやく「あなたは今のままでいいの。愛してる。」  ずっと止まっていた時計が少しずつ動き始めたカールが、新たな人生へと一歩を踏み出そうとした、まさにその時、ユウが忽然と姿を消してしまう。ユウを捜しに遥か海を超え日本を訪れたカールは、彼女の故郷である神奈川県の茅ヶ崎海岸へ向かう。ユウの面影を追ううちにカールがたどり着いたのは、茅ヶ崎館というひっそりとした旅館だった。そして茅ヶ崎館の老いた女将(樹木希林)との思い掛けない交流から、カールは哀しくも美しい、知られざる人生の物語を知ることになる──。

ドイツと日本での35日間にわたる撮影

『命みじかし、恋せよ乙女』の撮影は、2018年4~5月にドイツ南部アルプスの麓のアルゴイにて、その後の6~7月は日本にて、計35日間を掛けて行われた。日本での主な撮影は、7月6日~16日に神奈川県茅ケ崎市にある、国から有形文化財にも指定された旅館“茅ヶ崎館”で行われた。とあるブログで、“是枝裕和が執筆のために利用する茅ヶ崎館は、1950年代に小津安二郎がやはり脚本を書くために篭った宿である”と知ったデリエ監督が、『フクシマ・モナムール』で来日した際に宿泊し、インスピレーションを得たのだという。デリエ監督は高齢の女将から、かつて小津が滞在した部屋を案内され、庭に咲く芙蓉の花の話を聞いた。この花は本編中にも登場するが、日中白い花を咲かせ、晩にはピンクに色を変え、夜には赤く変色する。女将は「この花を見ると、朝は青白い顔をしているが、やがて酒を呑み始めてピンク色になり、大酒を呑んで夜には真っ赤になっていた小津監督を思い出す」と語ったそうだ。

茅ヶ崎館と樹木希林

7月に主に茅ヶ崎にて行われた日本パートの撮影は、屋外最高気温40℃超えという記録的な猛暑の最中で敢行された。海や浜辺での撮影は耐えがたいものとなったが、幸いにもほとんど曇りの日が続いた。しかし録音のためにエアコンを切った室内の現場はサウナのようでスタッフは気を失う寸前であり、唯一その暑さをものともしていなかったのが、樹木希林だったという。彼女が演じたのは、茅ヶ崎館の老女将の役であったが、樹木希林が初めて茅ヶ崎館を訪れたのは、小津の遺作となった『秋刀魚の味』(62)の撮影時に、女優杉村春子の付き人として現場に参加した時であり、今回樹木がこの役のオファーを受けた理由の一つには、「茅ヶ崎館にもう一度行ってみたかったから」というものもあったという。 当時、樹木希林が小津安二郎と一緒に過ごしたまさにその部屋で、今回の撮影は行われた。本作のラストには、樹木希林が庭を眺めながら「ゴンドラの唄」を歌うシーンがあるが、この歌は黒澤明監督の『生きる』(52)にも出てくる大正の歌謡曲であり、「命みじかし恋せよ乙女 朱き唇褪せぬ間に 赤き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを」と歌うこのシーンが、9月に亡くなった樹木希林の女優としての映画への最後の出演シーンとなった。 愛、喪失、家族、生きる事の美しさと残酷さを描いた本作において、この樹木希林の歌は、まるで彼女が私たちに遺してくれた最後のメッセージのようだったと、デリエ監督は語っている。

ユウという役、そして入月絢について

ユウはカールにとって「あなたはそのままでいい、他人の期待に応える必要はない」と言ってくれる初めての人物であり、ユウはカールにあらゆる自由を与える重要な存在だ。 ドーリス・デリエ監督と、ユウ役を演じた入月絢との出会いは、『HANAMI』(08)のオーディションだった。当時デリエ監督は演技もできる舞踏ダンサーを探しており、優れたダンサーであるだけでなく、演技も素晴らしい入月を発見できたことは大きな喜びだったと語っている。また桃井かおりが主演を務めた『フクシマ・モナムール』(16)では入月は桃井の娘役を務めている。監督は言う。「本作では、彼女はミステリアスな女性としてドイツにやってきます。今まで何本かの作品で彼女と共に作品を創り上げてきましたが、これらの全く異なる役柄を通して、私は常に彼女に説得力に満ちたフレッシュで自然な魅力を発見します。そして今回の作品中では、彼女が流暢なドイツ語を披露しますので、そちらにも注目してみてください」

暗闇から光へと抜け出す道

本作の物語の背景には、ドイツの〝デーモン″と日本の〝幽霊″がテーマとして存在している。日独の亡霊の物語を紡ぎたいという思いは、デリエ監督が長きにわたり幽霊や妖怪、怪談について学んできたことから生まれたものであり、同時に溝口健二監督の『雨月物語』(53)や松本俊夫監督の『修羅』(71)といった日本映画の傑作の影響もある。監督が興味を持つのは、「ホーンテッドマンション」に出てくるようなゴーストではなく、人を苦しめて追い詰める、心に巣食う個人的な幽霊であり、夜中に人を目覚めさせ、胸の上にのしかかる亡霊だ。  監督は語る。「私にとって、日本はアニミズム的な文化を持つ国です。私は、現実と夢と想像を同等に並べて見ることを日本で学びました。私たちの頭の中では常に様々なことが起こっていますが、西洋では証明可能な事柄だけを現実と呼ぶのです。私は冷静な北ドイツ気質で、科学的な教育を受けて育ちましたが、でも『フクシマ・モナムール』の撮影中、これはもしかすると定義の問題に過ぎないのではないかと気づいたのです。記憶を〝幽霊″と呼ぶとしたら、当然私は常に幽霊とともに生きています」
ゴロ・オイラー(カール)GOLO EULER(Karl)

ゴロ・オイラー(カール) GOLO EULER(Karl)

1982年、ドイツ・シュタルンベルク生まれ。アウグスト・エーヴァーディンク・バイエルン州演劇アカデミー在学中より舞台活動を始める。06年から映画俳優、テレビ俳優としてキャリアをスタート。主な出演作に『欲望の疵』(06)、主役を演じた『愛の臨界』(16)、『グランド・ブダペスト・ホテル』(13)などがある。2011年のミュンヘン映画祭で、テレビ映画『Kasimir und Karoline』の演技によりドイツ映画最優秀男優奨励賞を受賞した。現在、第2ドイツ・テレビジョン放送(ZDF)の刑事ドラマシリーズ「Schwartz & Schwartz」で主役を演じている。
入月絢(ユウ)AYA IRIZUKI(Yu)

入月絢(ユウ) AYA IRIZUKI(Yu)

1983年、神奈川県生まれ。舞踏手、アーティスト。幼少よりバレエを習い、その後舞踏と出会う。東京藝術大学美術学部先端芸術表現科を卒業後、英国ロンドンにてフィジカルシアターの学位を取得。公益吉野石膏美術振興財団若手芸術家在外研修助成を受けドイツへ渡る。ダンサーとして指導にあたり、ソロ公演の他N.Yカーネギーホールで行われた一柳慧音楽公演“Ensemble Origin Japan”、喜多郎ワールドツアー等にてソロダンサーを務める等、現在まで10カ国以上の25都市超でパフォーマンスを行っている。ドーリス・デリエ監督作品では08年の『HANAMI』、桃井かおりの娘役を務めた『フクシマ・モナムール』(16)に出演し、17年にはミュンヘンで舞台作品「A Woman’s Work Is Never Done」をデリエ監督と共同制作している。
ハンネローレ・エルスナー(トゥルディ)HANNELORE ELSNER(Trudi)

ハンネローレ・エルスナー(トゥルディ) HANNELORE ELSNER(Trudi)

1942年、ドイツ・ブルクハウゼン生まれ。ミュンヘンで俳優養成課程を修了後、映画、テレビでキャリアを開始する。オスカー・レーラー監督作品『壁のあと』(99)で演じた自殺願望を持つ小説家ハンナ・フランダース役でドイツ映画賞、ドイツ評論家賞、バイエルン州映画賞を受賞。その他の出演作に『君がくれたグッドライフ』(14)などがある。ドーリス・デリエ監督作『HANAMI』(08)では、検査で夫ルディが重病を病んでいることを知らされるも、バルト海での休暇中に急死するカールの母トゥルディ役を演じた。2019年4月21日逝去、享年76歳。
エルマー・ウェッパー(ルディ)ELMAR WEPPER(Rudi)

エルマー・ウェッパー(ルディ) ELMAR WEPPER(Rudi)

1944年、ドイツ・アウクスブルク生まれ。ラジオでの活動を経て、14歳で初舞台を踏む。演劇学とドイツ語ドイツ文学を専攻し、舞台俳優、テレビ俳優として長年活躍する。『HANAMI』(08)の演技でバイエルン州映画賞、ドイツ映画賞の最高男優賞をそれぞれ受賞し、欧州映画賞にもノミネートされた。ドーリス・デリエ監督作『HANAMI』(08)では妻トゥルディの急死後、東京に旅立ち、妻が見たがっていた富士山に向かう主人公ルディを演じた。
樹木希林(ユウの祖母)KIKI KILIN(Yu’s Grandmother)

樹木希林(ユウの祖母) KIKI KILIN(Yu’s Grandmother)

1943年、東京都出身。文学座付属演劇研究所第1期生。70年代に「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などテレビドラマに主演し、その人気を不動のものとする。『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07)、『わが母の記』(12)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、『歩いても 歩いても』(07)でブルーリボン賞助演女優賞、『あん』(15)で報知映画賞主演女優賞、『悪人』(10)、第71回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した『万引き家族』(18)で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞など数々の映画賞を受賞。その他『奇跡』(11)、『そして父になる』(13)、『海街diary』(15)、『海よりもまだ深く』(16)等、是枝裕和監督作品に数多く出演している。08 年に紫綬褒章、14 年に旭日小綬章を受章。2018年9月15日逝去、享年75歳。自ら企画を手がけた『エリカ38』が6月7日に公開。本作『命みじかし、恋せよ乙女』は世界デビュー作であり遺作となった。
ドーリス・デリエ(脚本・監督)DORIS DÖRRIE(Director & Writer)

ドーリス・デリエ(脚本・監督) DORIS DÖRRIE(Director & Writer)

1955年、ドイツ・ハノーファー生まれ。映画監督、小説家、絵本作家、オペラの演出家など、多数のジャンルにわたり才能を発揮。高校卒業後アメリカに渡り、カリフォルニア州ストックトンのパシフィック大学で演劇と映画を、ニューヨークのニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチで哲学と心理学を学ぶ。帰国後はミュンヘンのテレビ・映画大学で学びながら、南ドイツ新聞に映画評を執筆しながらテレビドラマやドキュメンタリー映画の撮影などを手がけ、映画制作者としてのキャリアを積む。97年以降、同大学の教授に就任。 観客動員500万人を記録した『メン』(85)でドイツで最も成功した女性監督と呼ばれ、一躍注目を浴びる。84年、長編初監督作『心の中で』(83)で第1回東京国際映画祭の上映のため初来日。以後、30回以上日本での滞在を重ねており、親日家としても知られている。これまで『MON-ZEN[もんぜん]』(99)、『漁師と妻』(05)、『HANAMI』(08)、ベルリン国際映画祭でハイナー・カーロウ賞と国際アートシアター連盟賞をW受賞して話題になった桃井かおり主演作『フクシマ・モナムール』(16)、本作『命みじかし、恋せよ乙女』と、日本を題材にした映画を5作品制作し、日本文化への傾倒を強めている。