COMMENT | 映画『隣人たち』公式サイト 「これは妄想?それとも現実?」隣に住む親友同士の主婦のふたり。完璧だったはずの日常が疑念に染まるーー アン・ハサウェイ×ジェシカ・チャステイン 7月24日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開 *敬称略、五十音順 大川景子 (映画編集) セリーヌとアリスを追い詰めるのは、現代の私たちもどこかで請け負っている女性としての重圧。遠くで生きている彼女たちを不意に身近に感じたとき、狂気が生まれる背景が見えてくる。サイコサスペンスの恐ろしさが悲しみと共に立ち上がる。 大前粟生 (作家) 一瞬の間が同情を恐怖に変える。不幸と疑心に吸い込まれ、観客の心も共に捩れていく。悲しくて容赦のない、惚れ惚れするようなスリラーだ。煮詰まっていく孤独から、誰も逃げることはできない。 大森時生 (テレビ東京プロデューサー) 完璧な家、完璧な家族、完璧な隣人。それらが最悪なかたちで腐っていく。ふたりの表情のわずかな揺れが本当に怖い。その妄執は観客にも感染し、目をつぶると、あの顔が浮かんでくる。消したい。 角田光代 (作家) あまりにうつくしい映像、色彩、そして二人の女性のたたずまい。それらに見とれていると、未知の場所に連れていかれる。何が真実で何がただしいのか、まるでわからない場所だ。光景、色彩、二人の母のうつくしさが、まるで目くらましのようだ。気がつけば、何が真実なのか、どこからおかしくなったのか、私までわからなくなっている。きっかけは大きいが、隣人たちの心の揺れはあまりにも微細。見えない真理に目をこらすように、二度見てしまった。二度目も不思議なくらい、新鮮だった。 斉藤綾子 (映画研究者) 1960年代のアメリカの郊外。幸せそうな母二人。突然襲った不幸が二人を不安と狂気の渦に巻き込む。アン・ハサウェイとジェシカ・チャステイン、二人のスターの見事な競演。恐怖の背後に母の愛を感じさせるところに現実に母である二人の女優の心意気を感じた。 鈴木竜也 (映画監督) 出てくるのは最強の役者2人と家が2つ、ほぼそれだけ。復讐か妄想か、サイコムービーか再起ムービーか。「これ…マジでどっちだ?」のハラハラの先に待つ、見たことない「悲劇の乗り越え方」に震えた。 竹田ダニエル (ジャーナリスト・研究者) 「幸せそうな家庭」に多くの人が憧れるのは、「完璧」のその裏の真実を知らないから。女性に自由がなく、誰も信じられないような社会ですがれるものは何なのか?最後までキラキラでドロドロでハラハラさせられる作品。 ナユタ ホリコシ (お笑い芸人) 誰が好き、誰が憎い、誰が良い、誰が悪い。知らない方がいいことも、たくさんあるって知っている。作品全体に漂うリアリティと緊張感、その上で際立つ愛情の生々しさ。 僕はまだ、子を失ったことがない。 前田敦子 (俳優) 愛情が深いほど見え隠れする狂気。美しすぎる主演二人が繰り広げる、母同士の息の詰まる心理戦には震えます。 隣人 中村遊直 (お笑い芸人) 徐々に疑心暗鬼になる隣人。『どっち?』『なに?』『どっち?』『なに?』の応酬。子を守りたい母の気持ち、子を亡くした母の気持ちが上手く描かれていて、「誰が悪いねん」いや、「誰も悪くない」と感情が交差しまくる。終盤このまま誰も悲しまないでくれればいいなと願った映画は初めてでした。 隣人 橋本市民球場 (お笑い芸人) 今まで見たもののなかで最も歪なハッピーエンド。60年代のファッションの彩りを存分に感じるカラフルで家族愛に満ちたクローズドサークル。表現として矛盾している言葉が感想としてたくさん頭の中を駆け巡りました。ありとあらゆる結末を期待し、ありとあらゆる期待を裏切られたような気持ちになり、鑑賞後にはまさに劇中に語られた「心に穴があいた」状態になりました。鑑賞中は心の揺さぶられ方が異様で、感動と恐怖が常に真隣にいるような感覚でした。この感動は正義なのが悪なのか、不思議な涙を流させて貰いました。主演2人の演技力なくしてこの感情は生まれないでしょうし、多彩なカメラワークが2人の演技をより繊細なものに押し上げていると感じました。大切なものは大切に、しかし度がすぎない程度に。 榎本マリコ (画家) 主演二人の目の演技に圧倒されたそしてあまりにも強すぎる母性は破壊を招くと教えてくれる作品だった
大川景子 (映画編集) セリーヌとアリスを追い詰めるのは、現代の私たちもどこかで請け負っている女性としての重圧。遠くで生きている彼女たちを不意に身近に感じたとき、狂気が生まれる背景が見えてくる。サイコサスペンスの恐ろしさが悲しみと共に立ち上がる。
大森時生 (テレビ東京プロデューサー) 完璧な家、完璧な家族、完璧な隣人。それらが最悪なかたちで腐っていく。ふたりの表情のわずかな揺れが本当に怖い。その妄執は観客にも感染し、目をつぶると、あの顔が浮かんでくる。消したい。
角田光代 (作家) あまりにうつくしい映像、色彩、そして二人の女性のたたずまい。それらに見とれていると、未知の場所に連れていかれる。何が真実で何がただしいのか、まるでわからない場所だ。光景、色彩、二人の母のうつくしさが、まるで目くらましのようだ。気がつけば、何が真実なのか、どこからおかしくなったのか、私までわからなくなっている。きっかけは大きいが、隣人たちの心の揺れはあまりにも微細。見えない真理に目をこらすように、二度見てしまった。二度目も不思議なくらい、新鮮だった。
斉藤綾子 (映画研究者) 1960年代のアメリカの郊外。幸せそうな母二人。突然襲った不幸が二人を不安と狂気の渦に巻き込む。アン・ハサウェイとジェシカ・チャステイン、二人のスターの見事な競演。恐怖の背後に母の愛を感じさせるところに現実に母である二人の女優の心意気を感じた。
鈴木竜也 (映画監督) 出てくるのは最強の役者2人と家が2つ、ほぼそれだけ。復讐か妄想か、サイコムービーか再起ムービーか。「これ…マジでどっちだ?」のハラハラの先に待つ、見たことない「悲劇の乗り越え方」に震えた。
竹田ダニエル (ジャーナリスト・研究者) 「幸せそうな家庭」に多くの人が憧れるのは、「完璧」のその裏の真実を知らないから。女性に自由がなく、誰も信じられないような社会ですがれるものは何なのか?最後までキラキラでドロドロでハラハラさせられる作品。
ナユタ ホリコシ (お笑い芸人) 誰が好き、誰が憎い、誰が良い、誰が悪い。知らない方がいいことも、たくさんあるって知っている。作品全体に漂うリアリティと緊張感、その上で際立つ愛情の生々しさ。 僕はまだ、子を失ったことがない。
隣人 中村遊直 (お笑い芸人) 徐々に疑心暗鬼になる隣人。『どっち?』『なに?』『どっち?』『なに?』の応酬。子を守りたい母の気持ち、子を亡くした母の気持ちが上手く描かれていて、「誰が悪いねん」いや、「誰も悪くない」と感情が交差しまくる。終盤このまま誰も悲しまないでくれればいいなと願った映画は初めてでした。
隣人 橋本市民球場 (お笑い芸人) 今まで見たもののなかで最も歪なハッピーエンド。60年代のファッションの彩りを存分に感じるカラフルで家族愛に満ちたクローズドサークル。表現として矛盾している言葉が感想としてたくさん頭の中を駆け巡りました。ありとあらゆる結末を期待し、ありとあらゆる期待を裏切られたような気持ちになり、鑑賞後にはまさに劇中に語られた「心に穴があいた」状態になりました。鑑賞中は心の揺さぶられ方が異様で、感動と恐怖が常に真隣にいるような感覚でした。この感動は正義なのが悪なのか、不思議な涙を流させて貰いました。主演2人の演技力なくしてこの感情は生まれないでしょうし、多彩なカメラワークが2人の演技をより繊細なものに押し上げていると感じました。大切なものは大切に、しかし度がすぎない程度に。
*敬称略、五十音順
大川景子
(映画編集)
セリーヌとアリスを追い詰めるのは、
現代の私たちもどこかで請け負っている
女性としての重圧。
遠くで生きている彼女たちを不意に身近に感じたとき、狂気が生まれる背景が見えてくる。
サイコサスペンスの恐ろしさが
悲しみと共に立ち上がる。
大前粟生
(作家)
一瞬の間が同情を恐怖に変える。
不幸と疑心に吸い込まれ、
観客の心も共に捩れていく。
悲しくて容赦のない、
惚れ惚れするようなスリラーだ。
煮詰まっていく孤独から、
誰も逃げることはできない。
大森時生
(テレビ東京プロデューサー)
完璧な家、完璧な家族、完璧な隣人。
それらが最悪なかたちで腐っていく。ふたりの表情のわずかな揺れが本当に怖い。
その妄執は観客にも感染し、目をつぶると、
あの顔が浮かんでくる。消したい。
角田光代
(作家)
あまりにうつくしい映像、色彩、
そして二人の女性のたたずまい。
それらに見とれていると、
未知の場所に連れていかれる。
何が真実で何がただしいのか、
まるでわからない場所だ。
光景、色彩、二人の母のうつくしさが、
まるで目くらましのようだ。
気がつけば、何が真実なのか、どこからおかしくなったのか、私までわからなくなっている。
きっかけは大きいが、
隣人たちの心の揺れはあまりにも微細。
見えない真理に目をこらすように、
二度見てしまった。
二度目も不思議なくらい、新鮮だった。
斉藤綾子
(映画研究者)
1960年代のアメリカの郊外。
幸せそうな母二人。
突然襲った不幸が
二人を不安と狂気の渦に巻き込む。
アン・ハサウェイとジェシカ・チャステイン、二人のスターの見事な競演。
恐怖の背後に母の愛を感じさせるところに現実に母である二人の女優の心意気を感じた。
鈴木竜也
(映画監督)
出てくるのは最強の役者2人と家が2つ、
ほぼそれだけ。
復讐か妄想か、
サイコムービーか再起ムービーか。
「これ…マジでどっちだ?」の
ハラハラの先に待つ、
見たことない「悲劇の乗り越え方」に震えた。
竹田ダニエル
(ジャーナリスト・研究者)
「幸せそうな家庭」に多くの人が憧れるのは、「完璧」のその裏の真実を知らないから。
女性に自由がなく、
誰も信じられないような社会で
すがれるものは何なのか?
最後までキラキラでドロドロで
ハラハラさせられる作品。
ナユタ ホリコシ
(お笑い芸人)
誰が好き、誰が憎い、誰が良い、誰が悪い。
知らない方がいいことも、
たくさんあるって知っている。
作品全体に漂うリアリティと緊張感、
その上で際立つ愛情の生々しさ。
僕はまだ、子を失ったことがない。
前田敦子
(俳優)
愛情が深いほど見え隠れする狂気。
美しすぎる主演二人が繰り広げる、
母同士の息の詰まる心理戦には震えます。
隣人 中村遊直
(お笑い芸人)
徐々に疑心暗鬼になる隣人。『どっち?』『なに?』『どっち?』『なに?』の応酬。
子を守りたい母の気持ち、子を亡くした母の気持ちが上手く描かれていて、
「誰が悪いねん」いや、「誰も悪くない」と
感情が交差しまくる。
終盤このまま誰も悲しまないでくれればいいなと願った映画は初めてでした。
隣人 橋本市民球場
(お笑い芸人)
今まで見たもののなかで
最も歪なハッピーエンド。
60年代のファッションの彩りを存分に感じる
カラフルで家族愛に満ちた
クローズドサークル。
表現として矛盾している言葉が
感想としてたくさん頭の中を駆け巡りました。
ありとあらゆる結末を期待し、ありとあらゆる期待を裏切られたような気持ちになり、
鑑賞後にはまさに劇中に語られた
「心に穴があいた」状態になりました。
鑑賞中は心の揺さぶられ方が異様で、感動と恐怖が常に真隣にいるような感覚でした。
この感動は正義なのが悪なのか、
不思議な涙を流させて貰いました。
主演2人の演技力なくして
この感情は生まれないでしょうし、
多彩なカメラワークが2人の演技をより繊細なものに押し上げていると感じました。
大切なものは大切に、
しかし度がすぎない程度に。
榎本マリコ
(画家)
主演二人の目の演技に圧倒された
そしてあまりにも強すぎる母性は
破壊を招くと教えてくれる作品だった